第30話 洞窟の中で(2)

 目の前に持っていく。それは、今現在スイとたわむれている軟体生物と、全く同類の生物だった。ウニュウニュと動いている。私は顔をひきつらせた。


「イヤぁぁーー気持ち悪ッ!」


 勢いよく、それを地面に投げつける。ここまでだったら、先程スイがしたこととさほど変わりはない。だが、私の場合はそれで終わりではなかった。

 興奮状態のまま剣を抜き、刃に魔力を送れるだけ送り込む。そして……涙目になりながら、この不届き者をたたっ斬る!

 ズガァァァァッ!

 その大きな力により、地面は大きくえぐられ、周りの空気は震えた。身体にピリピリと軽い刺激を受けた。

 スライムは散った。ごく小さな肉片がいくつか残ったのみ。核は完全に破壊されたので、再生は不可能だった。

 私は肩で呼吸をしていた。

 スイはこの出来事に、言葉を失っていた。


「……ハッ!」


 ここで私は我に返った。キョトン、としているスイ。同族の哀れな最期を見て、自分はああなりたくないと逃げの姿勢をとる、もう1匹のスライム。地面の形状は変わっているし、せっかくの私の取り分は、この通りバラバラになってしまった。集めて合体させたとしても、必要な分量には及ばない。これでは持ち帰ることはできない。


「やりすぎた……かな?」

「ちょ、ちょっと、ソラ……ひゃっ!」


 スイは私に何かを言いたそうにしていたが、中断。私が抱きついてきたからだろう。そして、私の言葉から聞いてもらえることになった。


「ぅわ~ん、生きたスライムをじかに触っちゃったよ~。気持ち悪かったよ~。なんなの、も~」

「あ……? アンタねぇ、それくらいで他人ひとに泣きっつら見せてんじゃないわよ。私も、ここに来られた時は……だけどねぇ」


 スイは自分の胸を指さす。


「でもアンタ程騒がずに、叩きつけの刑で一応許したつもりよ」


 その刑をくらったそいつは今、私たちの会話を聞いているだけのようで、向かってきたりはしてこない。特に私のことを、危険人物と判断したとかだろうか?


「なのにアンタってば……あれは今回使う食材なのよ。あんなに派手に粉砕しちゃって。もったいないというか、どうしようもないじゃない。こうなったら、別のターゲットを見つけるしかないわね」

「だって……ああするしかなかったんだもん」


 私は、スイの目を見ないでボヤく。


「はいはい、言い訳はもう……って、あれ? あいつどこ行ったの?」


 スイのものとなる予定のスライムがいない。いつの間に去ってしまったのだろうか?

 壁や天井もチェックしたが、スライムどころか虫1匹すら、存在が確認できなかった。


「1から探し直しかなぁ?」

呑気のんきに言っちゃって。アンタのせいでしょーが」


 わ、私は悪くないっ。

 3分歩いて、2匹同時に見つけた。先程逃げた奴とは別の個体であることがわかった。


「いたわ。なんかさっきの奴より、色ツヤが良さそうね。アンタ、今度はちゃんと原型を留めるようにね。んもぅ、早く料理対決がしたいわー」

「はーい、わかってまーす」


 誰がどれを仕留めるかを決めてから、移動の際は鞘に収めていたものを出す。

 敵を興奮させないように、無言で接近する。聞こえるのは、私とスイの足音だけ。ドカドカと荒々しい音など立てるわけはない。普段通りの歩き方だ。

 スライムたちが、私たちに気づいた。先にスイが攻撃を仕掛ける。手前のスライム(これは『A』と呼ぼう)は、身体の柔らかさを生かしてこれを避ける。

 奥のスライム(これは『B』)は、私に向かって跳びかかってきた。


「ひっ!」


 喉から変な声が出た。右に動くと、スライムBは壁にベチャッと激突した。そこでヌルヌル動く様子を、つい、怖いもの見たさで見てしまう。やはりこいつはちょっと……。一切の動きさえなければ、まだマシなのに。

 敵のこのような性質のせいで、私の士気は上がり方が鈍い。

 スイはというと、とにかく手を休めない。ひたすら剣を振っていれば、いつかは当たるだろうという寸法か。


「こんな、たかがスライムごときに……! なんでこんなにも機敏なのよ!」


 プルプルしたスイーツは、冷えた状態であれば特に美味しくいただける。が、価格はそれなりにする。懐が寂しい時は、欲求をグッとこらえなければならない。

 価格設定を見るたびに、これはどうにかならないものかと思っていた。だがそれは、何も知らなかった自分の我儘わがままだったのかもな、と今になって気づいた。以前の私は、食材を確保する側の苦労など、考えたことがなかった。今ならわかる。これに限ってだが。あぁ、だからこその、あの設定なのか……! 身をもって知った以上、私はもう、今後は文句など言うまい。

 ズブリ。

 スイの剣がスライムAを突いた。が、惜しいことに核の部分ではなかった。今度は敵が跳びかかってきたところで斬った。立ち位置が悪かったか、これも弱点には届かず。とはいうものの、スイは着実に、相手の動きについて来れるようになってきている。攻撃するだけでなく、回避についても心にゆとりができてきたようで、スライムAが襲ってきても、


「ほーらほら、私はこっちよ」


 軽い挑発くらいならできる程までにはなっていた。

 私も、けるだけなら何の問題もなかった。スライムBも積極的に体当たりをしてくるが、毎回くうを切るだけ。こちらが攻撃するチャンスは、その都度つど訪れてはいる。が……なかなかそこに踏み込めない。

 これが生物でなければ、とっくに確保の件は終わっていただろう。動かないものであれば、触れなくはないので。だが、相手は生を受けた魔物。命というものがあるのだから、動いて当然の存在。何故なぜ、スライムという奴はこうも、動きがうみょーんうみょーんとしているのか。

 私の頭の中は雑念だらけだ。せっかく、その右手には良いものが握られているというのに、いまだ振れないでいた。

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