第29話 洞窟の中で

 洞窟には4人で行った。私とスイが中に入り、あとの2人には入り口付近でで待っていてもらうことにした。


「行ってらっしゃーい」

「なるべく高品質のスライムをお願いしますね、ソラさん」


 スライムの品質なんて、わからないって。

 だるそうに入っていくと、少しひんやりした空気が、汗ばんだ肌に当たる。スーッとして気持ちが良く、それだけは許せた。

 私は、照明となる光を生み出した。こんなこともできるのだ。周囲が明るくなった。

 道は、緩やかな下り坂になっている。進むごとに、天井が高くなっていく。途中で、土の地面に変わる。

 スタートしてから5分くらいは経っただろうか。その時、岩壁に白っぽい何かがへばりついているのを見つけた。


「いたわ。あれをシメてとっ捕まえるわよ」


 スイが言った『あれ』こそが、勝負に必須の食用スライムである。


「うん……」


 生きているそれを目にした私の気分は、どんよりとした曇り空のようだった。実際の外はあんなにもよく晴れているのに。

 スイは腰の剣を抜く。私のものよりも刀身が細めで、スタイリッシュな作りである。


「初心者のアンタでも知っているかもしれないけど、スライムには『核』というものがあってね、それさえ破壊すればOKなの。まず私がやってみせるから、よく見ておきなさいよ」


 親切にも教えられたが、実はそれくらいは知っていた。……いや、余計なお世話とか思ってはいけない。頭ではわかっているのに、冷静さを欠いて無駄な動きをして疲れてしまっては、こちらが損するだけ。今一度、ポイントを押さえておくのは良いことである。むしろ感謝せねば。

 スイは短い距離を小走りし、左足を軸にして剣を振り下ろす。しかし、ここでスライムが危険を察知したのか、壁から離れた。

 急に手を止めることはできなかった。彼女の剣先が壁に当たる。カァン! と音がした。

 地面にボテッと着地したスライムは、自分に攻撃を仕掛けてきた者めがけてジャンプしてきた。反撃のつもりだろうか。だが、スイはこれを難なく回避した。

 スライムの動きの俊敏さは中身の詰まり具合によるが、この個体はそこそこ素早い。意外とスカスカなのだろうか? スイも、どちらかといえばまだ経験が浅い方に入るそうだ。だからなのだろうか、動きにキレがあるようには見えない。あらゆる方向から挑んでいるが、まだ1度もその刃をスライムに当ててはいない。

 空振りの連続からおよそ1分後。スライムが体当たりをした。油断していたスイの胸元に、ベタッとくっついた。


「キャッ! エッチ!」


 彼女は顔を赤らめてその異物を速攻で引っぺがし、壁に向かって投げつけた。そして荒く呼吸する。肉体的ダメージはほぼないに等しいのだろうけれど、精神的ダメージはそれなりに受けたようで。


「ちょっとアンタ、見てばっかりいないで手伝いなさいよ。2人がかりでやりましょう!」

「んー、それはフェアじゃあないよねー」


 敵は1匹なのに、そんなズルい真似まねはしたくないと、ハッキリ言ってやった。が、これは建前。動く軟体生物との接触時間は最低限に抑えたいので、こいつはスイに譲ります──これが私の本音だった。もちろん、声に出しては言わないが。


「何よ、真面目まじめになっちゃって。いいわ、もうちょっと頑張ってみる。倒したら私のものだからね。もし別の奴が来たら、それはアンタのだから相手してよね、1人で」

「えー? 今、手伝えって言ったの誰よ? 場合によっては2人でってコトじゃないワケ?」

「うるさいわね、目上の人を助けるのが、下の者の務めでしょ。そして、下の者は上に逆らわず、忠実に、自分のやるべきことを自分の力でやるの」

「それは……私が手伝ってって言っても、スイは助けてくれないってコト?」

「そうね……検討ぐらいはするけど、動かない確率の方が高いかもね」


 将来、パワハラでもしそうだな、彼女は。

 私は壁にもたれかけて、スイの戦いぶりを見ていた。

 モタモタしている感は否めない。壁に当たっては鳴る、軽い音。彼女の剣は、形状からして女性向けに作られたもの。ただ、攻撃力は高い方ではないのだろう。扱いやすさを重視したものなのだと思う。

 一生懸命さは充分伝わってくるんだけどなぁ……。


「あーもう、なんで当たんないのよ。……えいッ!」


 ズブッ。


「!」


 スイは手応てごたえを感じたようだ。確かに、スライムは刺されている。そのまま彼女が剣を持ち上げると、先端にはでろりん、としたものが。


「さて、これをどうしましょうか」

「間違っても、こっちには持ってこないでよね……」


 警戒する私を横目に、スイは剣を上下に何度か振った。やがてスライムは離れた。

 私たちは、それの様子をうかがう。なかなか動かないので、もしかして今の一撃で倒してしまったのでは? と思ったのだが──

 プルンッ。

 あ、まだ生きてた。


「やっぱりね。核以外をいくら攻撃したところで、死ぬわけないのよ」


 スライムは元気だった。瀕死を疑ったが、全くの逆。食材とはいえ魔物だから、体力はそれなりにあるようで。

 私はここからは、スライムの観察に重きを置いていた。触るのは苦手だが、見るだけならわりと平気だったりする。この時の私は夢中になっていて、自身に忍び寄る影には気づいてすらいなかった。

 食後のデザートや、頑張ったご褒美として食べることの多い、プルプルのスイーツ。そういったものには、この食用スライムが原材料に含まれていることは知っていた。これまでは完成品しか見たことがなかったので、(原材料を)イメージするにしても、いまいち乏しかった。今回、元々の姿かたちを、活動している様を拝めて勉強にはなった。

 スイがあれを仕留めたら、次は私がやる番となるので、敵の攻撃パターン、防御方法、素早さをしっかりチェックする。

 ボトッ。

 突然、私の頭の上に何かが落ちてきた。ひんやりしていて、大きいようで少し重みがある。


「? 何かが……」


 グニョッ。

 両手に伝わる、不快な感触。よからぬ予感が……。しかし、乗せたままにするわけにはいかないので、嫌でも自力でなんとか取り除く。

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