第24話 ミラさんに見てもらうのだ(2)

 魔力の壁が、魔物の攻撃をかき消していた。これは私が生み出したものだ。誰かをかばうのは2度目だが、今回も間に合ってよかった。


「あ……」

「ソラさん……また助けられちゃいましたね」


 当然ながら、ハナもミラさんも無事だった。


「ふぅ。間一髪ね」


 私は肩の力を抜く。


「ありがと。ソラがいてくれてよかったわ~」

「本当。なんだか私、事あるごとに手間をかけさせてしまって……」

「はいはい、そこは気にしなーい」


 この2人には何事もなかったので、そろって安心を得られた。私の方はというと、衝撃を片手で、それもき手ではない方で受け止めたことで、主に関節部分に少しの痛みを感じたが、時間とともにスーッとひいていった。

 失敗した魔物が悔しがる。奥歯をギリリと噛みしめて、私たちを睨む。

 私はそいつにクレームを出した。


「ちょっと! 何なのよ今の! アナタの相手は私でしょ! 他の人狙うのやめてくれる!?」

「ハッ、見物客だからって無傷で済むと思っている方が、どうかしているんだ。お前の判断があと少し遅ければ、その2人を真の恐怖のドン底に落とせたんだがなぁ。やはり、お前から始末しよう。あとの雑魚ざこどもは、それから料理してもいい。邪魔者がいなくなった後だから、じっくり焼いてやれるぜ。……おっと、1つ訂正だ。そいつらだけじゃなく……お前も雑魚だったなぁ」


 まだそんなことを言うか。

 これで、私の機嫌がパッと良くなるわけがない。それどころか、ますます悪く──たぶん眉間みけんにシワが入っている。


「はぁ……。こーいう奴は嫌いだなぁ」


 私は意識的に息を吐く。後ろの2人は、迷うことなく私に同意していた。

 早くこの敵とおさらばしたい。遊び感覚でいるのは、もうやめにしよう。

 私は刃に魔力を送る。白く光り、パチパチと放電もし始めた。


「お? いよいよ本気を出してきたか。だが無駄だ。どのみちお前は負ける運命にあるのだ! 相手が悪かったな!」


 それはこっちが言うことだ!

 魔物が動いた。最初の時のように、近接攻撃か。違うのは、奴が剣を両手持ちに変えたこと。そうなると、一撃の威力が(片手持ちの時よりも)大きいだろうから、私も両手を使うことにした。

 再び2つの刃がぶつかると、今度は押し合いになった。

 私と魔物は、常に同じ地点にいるわけではなかった。少しずつ一方が押して、もう一方がその反対の状況。押しているのは──私だった。


「ぬうッ……こいつ……!」


 言っておくが、私の真の実力はこんなものではない。これでもまだ……何割なんだろうな。細かい計算は苦手だ。魔物がこのことをわかっているのかいないのかは不明だが、動揺はしている。


「この……人間ごときが! ゥオオオオオオ!」


 奴にも、魔王に仕える者としてのプライドはあるのだろうな。目が本気だ。

 剣が大きくなった。ロングソード以上大剣未満といったところか。その分強さも増したようで、今度は私が押される形となった。

 有利ではなくなったが、不利になったわけでもない。こちらはまだまだ余力を残してあるので、後からなんとでもなる。

 バチッ、と音がした。剣からだ。見ると、相手の刃も放電していた。

 発生した、雷に似たものに気を取られそうになる。何せそれは、時間と共に目立ってきているからだ。

 私の剣からのエネルギーと、魔物の剣からのそれが、干渉しているようだ。これって……放っておくとどうなるのだろうか?

 やがて──

 バシィッ!


「ッ……!」


 エネルギーが弾けた。私は数歩退がる際、その眩しさに目を細める。閉じはしなかった。目を閉じたら、きっと動きを止めてしまう。隙を与えることにつながるだろう。それはあってはならないので、我慢したのだ。

 驚いたのは、あちらも同じだったようで。だが、私と違う点が2つあった。そこから動きがストップしたこと。それと、構えを解いたせいで前がガラきなこと。

 私はそれらを見逃さなかった。だから、3秒もたないうちににまっすぐ標的へと腕を伸ばすことができた。そして──

 ドッ!!

 スタートを切ってから、果たしてどれくらいかかったか。一瞬でもまばたきをしていたら、測るのは不可能なのではないか。そこまで言ってしまう程の、ごくごくわずかな時の中での出来事だった。

 私の剣は、魔物の心臓があるとされる箇所を貫いていた。

 まるで世界そのものが止まったかのように、誰も微動だにしない。それが約10秒続いた。


「え……これって……見たまんまの状況で間違いない?」


 ハナがまずこちらを見て、それからそのままの表情でミラさんに言う。


「はい、間違いないようです。勝負ありましたね……」


 この現実を最も信じたくなかったのは、魔王の配下を代表して、ここアルテア王国まで乗り込んできた魔物だった。


「ガ……ア……こ、こんな……馬鹿な……」


 私は剣を引き抜いた。魔物はすぐに傷口を右手で押さえた。膝をついたのに加えて、苦痛にゆがんだ顔をさらけ出している。

 私は言い放った。敗者に、どこか冷ややかな目で、


「本気なんて出すワケないじゃない」

「……なん、だと……?」


 上半身を血の色に染めた魔物は、これ以上は何も喋らず、うつ伏せで倒れ、二度と動くことはなかった。

 武器をあるべき所に収納して、この戦闘は終了となった。

 私は仲間たちの方へ振り向いた。けわしい顔つきから、ノーマル状態に戻して。


 「ソラぁ~」


 ハナは私の名を呼びながら近づき、ギュム~、と抱きついた。


「勝ってよかったね~。だってあいつ凄い強そうに見えたからさ~。ソラはそういうのとばっかり戦ってるよね。それにひきかえ私は……ほんっと~に申し訳ないの一言に尽きるわ~」

「あはは。そこは、ハナが気にするポイントじゃないでしょー」

「いやいやいや、なんか私、らくしてばっかで……これじゃ、テストはやり直し? だとしたら、レベル低い方に合わせてほしいなー。私に今みたいな奴倒せって言ったって、悪い意味で勝負にならないし……」


 ハナは恐る恐る、ミラさんにいてみる。


「いえ、やり直しなんて求めません。ハナさんは初級の術でしたが、何でしょう……密度が濃い、とでも言いましょうか。あれだけの炎で、あそこまで焼き尽くすなんて。術を放ってから相手に当たるまでの時間の短さも、尋常ではありませんでしたし。もっと経験を積めば、更なるレベルアップが期待できるかと思います。何か目標があるのであれば、それに向けて精進してください」

「は、はいッ! 努力します!」


 ハナは照れながら、頬をポリポリと掻いた。


「ソラさんも、お疲れ様でした。もちろん貴女あなたも合格です。まさか、たったの一撃で仕留めてしまうとは、思ってもみませんでした。本気ではない、とさっきはおっしゃってましたが……本当なんですか?」

「うん。今日もしっかり手抜きしました☆」


 すると、ミラさんはうつむいてこのようなことを言いだした。


「……正直言って、貴女たちのことは半信半疑でいました。もしソラさんが破れていたら、私は躊躇ちゅうちょなく見下すつもりでした。でも、この結果を見て思いました。私はなんて失礼なことを考えていたんだろうって……」


 私が負けていたら、悪口の嵐が? そいつは辛いなぁ。


「貴女たちは、信用に値する人間だと判断しました。今後とも、どうかよろしくお願いします」


 ミラさんが頭を下げると、


「こ、こちらこそっ」


 私とハナも、同じようにする。

 ……あれ? 待てよ。


「ミラさん、人間疑ったり警戒心どうのこうの言うわりには、私の部屋に来た時、素顔見せてたよね? なんで?」

「それは……よくわからないのですが、あの時、ソラさんから特別な何かを感じまして……本能とは裏腹に、私の手がそうするように動いてしまったんですよね」


 特別な、かぁ……。


「何なに? 威圧されたとか?」


 ハナが変なことを言ってきた。


「そんなコトしてません」

「そういうんじゃないんです。とても強い……他に誰も持っていない、唯一無二の力とでも言いましょうか。もちろん、『悪』とは程遠い。それのせいですね、私がソラさんに心を許したのは」

「へー、何だろね?」


 ハナがこちらを見てくるが、私は口を閉ざしたままだ。

 もしかして、『あの力』のことだろうか? でも、それについて話すのは……そのうち、機会が来たら。今はとにかく、先へ先へと進むことが最優先事項なのである。

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