第22話 野菜不足で荒れることはない

 黒げで、もはや炭と化した魔物の様子を、皆で確認する。


「はい、この通り」

「グッジョブ! でも、こんなになったら食べられない……よね?」

「う~む、手加減が必要だったかな」


 この魔物が程よく加熱されていたのならば、もしかしたら食べることができたかもしれない。

 ……そうだ、まだ私たちは『外側』しか見ていない。もっとよく調べてみる必要があるのではないか。

 半分に割ると──中まで黒かった。やはりこれは無理だ。


「お味噌みそつけて食べたかったなー」


 私はポツリと呟いた。


貴女あなたたちは……状態が良ければ食していた……と?」


 ミラさんが驚きを含めて言った。私は意見する。


「うん。だってもったいないじゃない。大丈夫、こういうのって、やっつけてしまえば元の野菜に戻るんだから。含まれてる魔素の量なんてたかが知れてるし、問題はナシ! なのです」

「私は……例え高級食材であろうと、1度魔物化したものを口に入れるなんてできません。人間は、そういうことで野蛮な印象を他者に与えている、という自覚を持ってはいないのでしょうか?」

「そこまで深く考えたコトはないなー」


 少なくとも私は、美味おいしいものをものを美味しくいただければそれで良し、なので。

 んっ、今、私の肩をちょんちょんと指で叩いたのは、ハナか。何だろう?


「お味噌どころか、調味料と呼べるものは一切持ってきてないんですがね」

「そっかー、またしても残念」

「まぁ、こいつのことはもういいとして……この中にあるものにしましょ。私もおなかすいた」


 ハナはリュックサックを地面に置いて、食料を中から探す。


「……あったあった。これ食べよっか」


 取り出したのは、手のひら以上の大きさを持つ、木の実入りのパン。私の好物だ。ミラさんにたずねたところ、これなら食べられると言ったので、1つを彼女に渡す。

 はぁ~、ようやく食事にありつける。


「そうそう、先程の戦いの件ですが」

「あ、私どうだった? 合格?」

「はい、とりあえずは。ま、あれくらいは容易に始末できて当然でしょう、冒険者を名乗るのであれば」

「そ、そうよねー。あんなのには手こずらないよね普通。あははは……」


 ハナがなぜか私にくっついて、小さく続きを言った。もしかして、ミラさんには聞かれたくない?


「あーよかった、1発で終わって。当てるのも簡単じゃないのよね、ああいう、よく動き回るのって。ソラがあれの気を引いてくれてたから、うまくいったのよ。マジ感謝」


 何度も術を放つ可能性もあったのか。そうしたら、ミラさんの評価は変わっていたのかもしれないな。


「あんなのにヒーヒー言ってたら、あのエルフの人、何言うかわからんね。もしソラがあの人の立場だったらさ、術が下手な人間なんて、いらないもんね?」

「わ、私は、何であろうとハナとだったら一緒に行きたいなー」

「おぉ、嬉しいこと言ってくれるねぃ☆」


 何はともあれ、これで私とハナは離されずに済んだわけで。

 それにしても、この開放感! このような広大な大地の上での食事というのは初めてだったので、新鮮味がある。レストランの屋外席とはまた違った雰囲気で、私は気に入った。魔物に襲われる可能性が高いというマイナス面もあるが、それも冒険の醍醐味のうちに入るのだろう。

 ハナとミラさんは既に食べ終わっていた。私は最後の一口分を、すみやかに放り込む。


「んぐ……2人とも早いね」

「あっ、無理に急ぐことはないですよ。誰も、この穏やかな場の空気を汚すようなことは言いませんから」

「それは……助かるね」


 ゴクリ、と飲み込み私も完食。育ち盛りの身としては、まだ足りないというのが正直なところだが、移動中は仕方がない。

 2、3分休憩した後、私たちは再び歩みを進めた。

 白い蝶が飛んでいる。それを見ているだけでも、心がほっこりする。ポカポカ陽気で、風もやわらかい。そして弾むガールズトーク。

 私たちの行動を妨げる魔物は、今日はもう現れなかった。

 西の空が赤くなった頃に、1軒の建物を発見した。看板があったので見ると、そこは宿屋だった。

 冒険者や行商人など、長旅をする者にとっては欠かせない施設。こう、ポツンとあるのがありがたいのである。

 かつては、夜を明かすには野宿をするしかなかったのだが、それを好まない者が、特に女性に多かった(そりゃそうだろうなぁ)。

 そこで、どこの誰だったかは不明だが、ビジネスチャンスの到来とばかりに始めたのが、数人分の寝具を用意した宿泊所。簡素な造りだったものの、大変好評だったため、話を聞いて我も我もと真似をする経営者が次々と現れた。

 やがて、世界中に広まっていった、『旅人のための宿屋』という文化。現代においては各国のあちらこちらに点在し、大抵の所は、1人あたり銀貨10枚以内という安価で寝床を提供している。ここもその1つである。


「今夜はココに泊まるよー」


 私が言うと、あとの2人は、


「賛成ー!」

「そうしましょう」


 宿の主人によると、私たちが今日のお客第1号だそうだ。先に宿代を3人分まとめて払う。こ、この値段は……アルトシティの宿屋の3分の1! ここで金を払って、安心と安全を買おうではないか。

 こうして、屋根のある場所で次の食事と睡眠がとれることが確定した。


「ごゆっくり、どうぞ」


 と、主人。遠慮なく、そうさせてもらいまーす。



 次の日の朝。支度したくを終えた私たちは、宿屋の主人にきちんと挨拶あいさつをしてから外に出た。昇ったばかりの朝日が眩しかった。

 ガイラルディアまでの道のりは、まだまだ遠い。ひとまず目指しているのは、アルトシティから最も近い町・カスタネア。休息はもちろんなのだが、持ち運びできるタイプの食料品やその他旅の必需品の買い足しも、立ち寄る理由としている。

 一番先に話しかけたのは、ミラさんだった。


「今日も良い天気になりそうですね」

「うん。毎日そうだといいんだけどね。朝から雨なんて降ってたら、その日1日引きこもり決定になるもんね」

「確か前に降った時は、ソラの家で遊んだんだよね。外に出る気はせるけど、1人でいるのは退屈でしょーがなくて。だからって、ただポケーッと時間ばかり消費するのも意味ないからさ、そういう時はどちらかの家で一緒に過ごすの」


 ハナが、雨降りの日の過ごし方をミラさんに話した。


「どちらかって言うけど……9割方、ハナがウチに来てるんだけどね」

「だって、私んちは普通すぎてつまんないんだもん。ソラんとこはギルドやってるから、色んな人が来るじゃない? その様子っていうの? 結構面白いんだよねー」


 稼ぐために依頼を受けに来る者、逆に出しに訪れる者、結果を報告しに来る者、軽装備の初心者(……とも限らないかな)、重装備のベテラン(……っぽく見える)などなど。ただじーっと見るだけでなく、失礼を承知で会話に耳を傾けてみたり──なんてすると、人それぞれに物語があるのだな、と感じることがある。

 ハナに同意するため、私は2回頷いた。


「暇潰しスポットとしては優秀かな? ウチは」

「うん、充分にね」


 それは良かった。

 北西方向に歩いている時だった。

 何かが私たちの前に降りてくるのが見えたので、足を止めた。

 体長は人間の大人ほどで、背中に翼を持つ、灰色の魔物だった。

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