第21話 私は状態がよければ食べたい派
太陽が最も高い所に来た頃、私は空腹を感じだした。
……何か食べたいなぁ。
私は、ハナが背負っているベージュ色のリュックサックを見た。その中には、お母さんが持たせてくれた食料が入っているのだ。
土の道をひたすら歩く。周囲に、私たち以外は誰もいない。建物も見当たらない。椅子など置いてあるわけもなく、それの代わりとなるものもない。休憩したければ、地べたに直接座るしかない。そんな環境下にいるのだ。
「そういえば、ハナさんは魔術士なんですってね」
「そうだけど──」
私は奇襲をかけた。ハナの両頬を手のひらで押す。
ムニュッ。
彼女はタコのような顔になった。高貴なエルフの視界に、面白い姿がバッチリ入った。
「何するか!」
ハナはお返しにと、私のやはり両方のほっぺたを左右に引っ張る(言っておくが、本気を出してはいない)。餅のように伸びて、私は思うように喋れない。
「どうだー、反省したかね?」
「ひた~(した~)」
「よーし」
ぷるんっ。
顔の形状が元に戻った。
私とハナのじゃれ合いを見て、ミラさんはクスクスと上品に笑った。よし、場を
「続き……いいですか?」
「あ、どうぞどうぞ」
私は1歩身を引いた。
「私としましては、旅の同行者は『それなりに使える者』であってほしいのです。そこで、
「うーん……まぁ、相手が弱っちい奴だったら、どうせ私がパパッとやっつけちゃうんだろうから、いいけど。あ、あそこにちょうどいいのがいるじゃない」
私たちの位置から50メートルほど離れた所で、白い何かが動いていた。あれは……ダイコンのようだ。
別におかしいことではなかった。農家が作る野菜や果物の中に時々、魔物化してしまうものが出てくる。それは、空気中に含まれる魔素のせいである。
魔素は、とある場所から放出されており、世界中に広がっている。目にはほとんど見えないもので、人間が吸い込んでも影響はない(元々、耐性を持っているらしい)。ところが、人間以外の動物や植物が体内に一定量以上取り込むと、対抗する力が正常に作用しなくなり、それまで『善』だったものが『悪』へと変わってしまう(個体差があるため、全てに言えるわけではないが)。
あのダイコンもそうだ。魔素を余計に取り入れてしまったがために、自分の意思で動くことのできる『魔物』に生まれ変わった。ああなると、市場に出回ることはない。あれは正に、知らぬ間に
食べられなくなったわけではない。生命活動が止まったものであれば、通常の野菜と同様、料理に使用できる。だが、一度魔物になったものを食べることに抵抗を感じる者は少なくはなく、倒してから売りに出しても、買い手はなかなかつかない。銅貨1枚でも敬遠されてしまう。売り物としての価値は、魔物になった時点でなくなってしまうのだ。
生産者は、自分で処理できる場合はしているが、大抵は戦い慣れていないので基本的に放置。見かけたら誰でも自由に討伐していいし、その後食べたければ、そうしても構わないということになっているのだ。
「あぁ、あれですね。まさにグッドタイミングと言えるでしょう。では、ハナさん、お願いしますね」
「オッケー、余裕余裕♪ ソラは見てるだけでいいよ。あんなののために、その手を血で汚すことはないって」
「ダイコンに血なんてあったっけ?」
「……細かいことはいいのよ」
ハナがターゲットの方へと歩き出した。私とミラさんも、後について行く。
一般的なダイコンに手と足が生えたような形状のそれは、今は特に何かをしているわけではなかった。自分の視界に誰もいなければ、おとなしいのだろうか。
私たちの足音に、そいつが気づいた。すると、有無を言わさずこちらに跳びかかってきた。右足を突き出して、蹴りのつもりか。
「おっと、危ない」
ハナがこれをかわす。ダイコンは、私の足元に着地した。
ビシッ!
右手で繰り出したパンチが、私の左脚にヒットした。が、私は倒れるどころか、その場からほとんど動かなかった。……早い話、その攻撃は通用していなかった。実際、あまり痛くないし。
なんだ、こんなものか──
いくら連打しても、状況は変わらず。こいつ、やってて
「ちょっとちょっと、アンタの相手は私よ」
ハナの言葉で、ダイコンはようやく私への攻撃をやめた。今度はハナの方に行くのだろうと、誰もが思っていた。奴には顔のパーツがないが、どの方向を向いているかはなんとなくわかる。確かに一時はハナを見ていたが──
ダイコンは、クルリと
「ミラさん!」
「……!」
ハナではなく、ミラさんに蹴りを仕掛けてきた。そう来るとは思っていなかったので、戦闘が苦手らしいエルフは棒立ち。右腕で顔面をガードする。
ミラさんとの距離が近いのは私。多少離れていても魔術で攻撃できるハナは……準備が整っていないようだ。ここはやはり私か。高速でミラさんとダイコンの間に入り──
ガシィッ!
私は右手で蹴りを受け止めた。
「残念でした」
「……」
この魔物は、先程から一言も発しない。どうやら喋ることはできないようだ。
ミラさんが、ゆっくり目を開ける。
「大丈夫?」
「あ……はい。ありがとうございます。助かりました」
「こんなコトくらい、気にしないで」
私からしてみれば、これくらいは何の負担にもなっていない。
ハナの方は、いつでも攻撃魔術を
なかなか激しい(?)パンチの応酬。私は1発1発を、両手を使って涼しい顔で受け止める。少しは威力ありそうだけど……怖くはないんだな、これが。
攻撃は大して効かない、他の者を狙えば
「よーし、いつでもOKよ……って、ソラってば、あれじゃまるで、子供相手に遊んでやってるみたい」
ハナの目にはそう映っているのか。まぁ、私も半分はそのつもりなんだけど。
その魔術士の方を見れば、1つの火の球ができあがっていた。何ていう術だっけ。フ……フォイなんとか……。私は彼女にそれを撃たせるべく、敵から離れた。でないと巻き込まれてしまうので。
「行くよー! フォイアーバル!」
駆け抜けるスピードが非常に速い! 先日、巨大ゴブリンに当てたものより速いのは気のせいだろうか。単発で軌道がまっすぐだから、なんとか目で追えたが。
ボウンッ!
それはしっかり命中した。ハナは「よし!」と言ってガッツポーズをした。
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