第20話 旅立つ直前

 ポン、ポン。

 誰かに左肩を軽く叩かれたような気がする。


「おーい、起きろー」


 その声は、私に向けられていた。うむ……知っている声だなぁ。更に、もう2回同じ所を叩かれた。


「ん~……」


 腕が痛くなってきたのもあって、私は目を覚ます。


「ハナかぁ。おはよー」

「おはようさん。この時間にここで寝てるなんて珍しいね。もしかして寝不足だったりする?」


 ハナは、私の隣の椅子を選んだ。


「うん……でもご飯は食べたよ。そんで今は、待ち合わせしてるんだけどね」

「え? 誰と?」


 答える前に私は、昨夜の出来事をハナに話した。

 まず、直近で倒された魔王は誰かを問うてみたら、「ヴェイロンとかいったっけ」と正解が来た。おかげで、長ったらしい説明をしなくて済んだ。その魔王が復活したことは、ハナも知らなかったようで、私がその『復活』の一言を出したら、彼女は大変驚いた。ギルド中に響き渡る声を出しかねない程のリアクションだった。この時代にも勇者はいるようだと私が言ったら、いくらか安心してくれた。

 その勇者が、エルフの協力により、魔王を倒すのに必要な魔石を手に入れた。ところが、いつの間にか偽物にすり替えられていた。彼はそれを知らずに、今も(魔王がいる)ガイラルディアに向かっている。


「それで……私、勇者さんを追いかけなくちゃならなくなって」

「なんで? ソラには関係ないことなんじゃないの?」


 関係は、大いにあった。本物の魔石はギルドにある。そう、私とハナが興味深く観察していた、『誰かさんの落とし物』として預かっている、あの石だ──そう告げた。


「……そうなの?」

「うん」


 私がここで嘘を言うわけがない。


「なんで、わかったの?」


 そこで、私はあのエルフの女性のことを喋る。そして、今日自分がガイラルディアに行くことも。


「あんな危ない所に!? もう、なんで引き受けちゃったのよー!? そんなの、他の人に頼めばいいじゃない!」

「なんか、断るのは悪いかなって」

「いくらなんでも国をまたいでいくとか、急にスケール大きくなってない? ……あ、そしたら私たち、しばらく会えなくなるの?」


 そうか──

 どれくらいの期間をついやすかはわからないが、その間、私とハナは──

 私は、ゆっくり首を縦に振った。

 するとハナは、腕組みをして何かを考え始めた。


「……待てよ、私も……いやいや、いくらソラが強いからってらくに行けるとは……それにエルフって、人間嫌いだからなぁ。居心地どうだか」


 小声だけれど聞こえている。


「あ、あのエルフのお姉さん、やさしそうだったよ」

「……となると、魔物対策か。弱い奴は私が片づけて、強いのはソラにやっつけてもらえば、たぶん問題ないよね。要は、本当に危ない所に行く前に、勇者ってのに石を渡せたら、それでOKなんだから……もしかしたら、私が思ってるよりも、場合によっては簡単かもしれないな。レベルアップのきっかけにもなるかもしれないし。だとしたら、ここで1人待つよりは……」


 もしかして、ハナは──


「おはようございます」


 そばで別の女性の声がした。ハナが、ビクッと身を震わせた。そりゃそういう反応は妥当だとうだろうな。そこにいたのが、こげ茶色ずくめの、誰が見ても怪しいと思える人物だったからな。

 私は平常心だった。その者とは既に顔見知りだったからだ。

 彼女は、私の向かいに座った。


「も、もしかしてこの人が、さっきソラが言ってた……?」

「うん。エルフのミラさん」


 私は声量を抑えて言った。ミラさんが今も顔を隠しているのは、周囲に正体がバレないように、だと思う。ならば小さなことでも協力せねばなるまい。


「ちゃんと顔見たいなぁ」


 ハナが、こんなことを言ってきたので私は、


「騒ぎになるかもしれないから、そこは許してやって」

「……そうかもね」


 よかった。これでこちらもミラさんも安心できる……と思ったら、


「あ、大丈夫ですよ、ほんの一瞬であれば」


 と、ミラさんが言って、自分がエルフであることをハナに証明した。顔全体ではなく、一部だけをのぞかせた。長い耳が見えた。私の隣に座っている魔術士は、そこにいる『本物』に目を見開いた。

 私はミラさんに、この親友を紹介する。


「ど、どーも。よろしく……お願いします」


 たどたどしく話すハナ。緊張はしばらく続くと見た。そんな彼女も話に混ぜていいか、ミラさんにいてみたら、快諾かいだくしてくれた。


「本題に入りましょう。ソラさん、あの石は無事でしょうか?」


 私は普段着に着替えた際に、石はポーチの中に入れておいた。もちろんだと言って、このエルフの目の前に出して見せる。


「今から1秒後にでも、この場から持ち出せる状況にありますか?」

「……あります」


 お父さんには、朝一番に話してあるからね。


「引き続き、貴女あなたに預けますので、しっかり管理してくださいね。落とさないで、失くさないで。お願いしますね」


 ずいずいと詰め寄るミラさん。


「わかった、わかりました……」


 思わず引く私。そんなに言うならミラさんが持っていればいいのに、と心の中で愚痴りつつ、石をまたポーチの中に入れる。ふたをして……これなら大丈夫だろう。

 私とミラさんが、旅のルートについて意見を出し合ってからしばらく経った時。


「あのー」


 ハナが小さく手を挙げた。何か言いたげである。


「私も、ついて行っていいかな?」


 なんと……!?


「貴女も……ですか?」


 やはり、共に行きたがっていたか。でなければ、先程のような独り言は出ないだろうし。


「なるべく、足手まといにはならないように気をつける。それでも邪魔だと思ったら、途中で置いて行っても構わないから」


 悲しいことは言わないでほしい。私は──


「どうします? ソラさん」


 そんなの、決まっているではないか。

 私はハナに抱きついて、顔はミラさんの方を向いて言った。


「一緒じゃなきゃヤダ」

「そうですか。でしたら……ハナさんといいましたか。3人で参りましょう」


 こうして、私たちの旅が幕を開けた。

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