第10話 戦闘開始!

 ここで私は、いている手で剣のつかをしっかりにぎる。そのままゆっくり引き抜くと、よくあるタイプの、至って普通の長剣が姿をあらわにした。

 これは親からゆずり受けたもので、そこそこ使い込まれているせいか、輝きは新品にはおとる。それでも事前に手入れはしてきたので、雑魚ざこほふるには充分であろうと私は思っている。

 構えてすぐに動くのではなく、相手の出方を見る。後ろには親友ハナがいるが、この中で一番緊張しているだろう彼女には、今は指示やらお願いやらするつもりはない。この戦いのメインは、あくまでも私だ。どこかのタイミングで援護えんごしてくれたらもちろんありがたいが、無理だけはしないでほしい。

 ゴブリンはニヤリと笑う。


「生意気な人間が。よほど死にたいと見た!」


 それから、1度えて太い右腕を上げる。当たったら相当痛いであろうパンチを繰り出す。狙うは、私のおなかのあたりか。

 こんなもの、と心の中で言いつつ、私は攻撃をヒョイと難なくかわす。刹那せつな、2発目が来た。最初外したぐらいでは、奴は何も感じないか。それとも超スピードで気持ちを切り替えたか。別にどちらでもいい。知ったところで、かける言葉はないに等しい。その2発目も、空振からぶりに終わった。

 その後も、むさ苦しい声をともないながら、ゴブリンは攻撃をし続けた。が、私には1発も当たらなかった。


「ええい、虫ケラごときがちょこまかと!」


 虫……。なぜ、こんな奴にそこまで言われなければならんのか。自慢(なのかな?)のこぶしが1つも入らなくていらつく気持ちは、わからなくはない。ただ、それよりも私のけ方のほうが良かったのよ♪


「よーしよしよし、いい感じ」


 ハナの言葉が聞こえた。ハッキリとではなく、ゴブリン側からは聞き取りづらいだろう小さな声だった。狙われないための工夫かな。

 その彼女の方をチラリと見ると、両方の拳をグッと強く握っている。表情は天気に例えれば、曇りから晴れに切り替わるところというのが適切か。

 ゴブリンよ、申し訳ないのだが、今度は私がめる番なのだ。

 私が最初にどこを斬るかは、適当に──ではよくないな。私も腹部を狙ってみよう。真面目まじめに行こう。


「うおっと!」


 ゴブリンはこちらのスピードに驚きはしたものの、後退が間一髪間に合って、刃を受けなかった。自分もノロマではないぞと言わんばかりの顔をする。


「……ふぅ、ヒヤッとしたぜ」


 本音は躊躇ちゅうちょなくらしたが。

 この攻撃が外れたからといって、私の気持ちに変化があったかといえば、そのようなことは決してなかった。至って冷静。だからこそ、そこからほんの数秒後に、こっそりと次の斬撃──奴にダメージを与えることに成功したのである。


「ぬうッ!?」


 ゴブリンが、痛みを感じた部位に目をやる。

 左のふくらはぎに斬られたような跡ができており、赤い血も流れ出ている。

 いつの間に、とでも思っているのかな。これも、一瞬でも見せた気のゆるみというもののせいですな。

 傷は浅めなので、奴は通常通り立っていられた。それでなのかわからないが、急に態度が大きくなった(あ、それは元々か)。


「……なんてな。その程度か小娘。いいかよく聞け。オレ様はな、間抜けな人間のおかげで、最上位種であるゴブリンキングをもしのぐ力を手に入れ、このような姿になったのだ。そんなオレ様に、今お前は何をした? はえの止まったような芸しかできないのか? いくら逃げるのが上手くてもなぁ、これじゃ意味がないぜ。それとも、他に何か見せてくれるものでもあるのか? あるならどんなだ? 見せてみろよ、待ちきれんなぁ」


 一旦手を止めた私に対して、緑色の巨体はこれでもかと挑発してくる。私も先程したから、お互い様か。 

 このようなことを言われたら、怒りのボルテージが上がる人もいるだろう。だが私は違う。そもそも、そういった感情がき出てすらこない。


「他に、ねぇ……」


 私はしばし思案してみる。

 ハナがブツブツと何か言っているが、こちらからは解析が困難である。ただ、明るい内容ではないことはわかった。あれが私の通常攻撃だと思っているのなら、それは勘違いである。私はわざと力を抜いたのだ。真面目と違う? いえいえ、あの時は当てるだけで充分だった。これくらい力を入れたらどの程度のダメージとなるか、という実験みたいなものだったのだ。

 結果、倒せない相手ではないことが判明した。

 これからの状況だが、こちらが有利になるか不利になるかは、私次第。奴が言ったように手の内を明かすと、もしかしたらビビってくれるかもしれない。でも大技は使いたくない。なんで、たかがゴブリンごときに……。できれば、いかにもな技というものは抜きにして、この害悪モンスターを倒したい。それならば──


「う~ん、あるにはあるんだけど……」

「何? 何? 早く言ってお願いーー!」


 ハナが、早く私の言葉の続きを知りたがっている。周囲の木々も、まるで意思を持っているがごとく、サワサワと音を立てる。


「実戦でやったコトないから、その時になってうまくいくかどうか……」

「やっぱ何かあるのね!? えっ、どんなの? 確実なやっつけ方とかあるの!?」


 ハナが問うが、私はすぐには答えない。


「なんだ? 『とっておき』とかいうやつか? まぁ、そんなものがあったとしても、オレ様には鉄壁の守りがあるからな。通用せんと思った方がいいぞ。やりたければやるがいい。どうせ無駄だがな」


 なにが『鉄壁の守り』だ。だったらそのあしの傷は何なんだ。


「あぁ、ココでそんなの使うつもりはないんで。あの『力』を使うなんて……実に、あまりにも勿体もったいない! 究極の無駄遣いと言ってもいいかもね。だから無理。ハナ、そこはゴメン」

「無駄遣いって……そーなの!? つまりソラにとってそいつは、そこまでする価値のある奴じゃないってこと? 普通に斬ったり刺したりで充分、という解釈で間違いないのよね!?」

「うん」


 今までオロオロしていた親友の周りに、いくつもの花が咲いたような錯覚さっかくが。しかし、全体の雰囲気としてはますます悪くなるばかり。私のちょっとした侮辱ぶじょくが敵に効いたのか。あともう一言、何か言ったら、このゴブリンは間違いなく怒るだろうな。

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