第8話 巨大ゴブリンが、あらわれた!(1)

 ハナも、重い腰を上げた。


「なんか……なんとなくだけど、やってもいいかもって気がしてきた。相方がこんなにも自信アリアリで言うんだもん。きっといい方向に行くと思う。ソラならやってくれそうな感じするし。あわよくば、私も1発くらいそいつにブチかましちゃったりして……。うん、ちょっとだけなんだけどプラス思考になってるよ私」


 それは良い傾向けいこうである。


「たぶん、ほとんどソラに任せっきりになるんだろうけど……要は、そのゴブリンさえ倒してしまえば、それでいいんだもんね」


 そういうことである。

 私は2回うなずいた。そんな私の顔を見て、ハナは幾分か安心したようで、


「……よしっ、正式にこの依頼を受けましょう」

「うん。ハナ、決心ついてよかったね。それじゃ、そろそろ行ってみようか」


 私たちが青年に「行ってきます」と言おうとした時だった。

 ズン! という大きな音が、突如とつじょ鳴った。わずかながら揺れを感じたので、微弱な地震かなと最初は思ったが──


「嫌な予感がする……」


 青年がそう言ったので、皆で外に出てみることにした。



 そいつは、研究所のすぐ近くまで来ていた。

 体長は3メートル弱。肌の色は緑色で、腰にけものの毛皮を巻いている。武器は持っておらず、1匹で堂々と歩いている。

 あいつか──


「も……もしかして、アレですか?」


『実物』を目にして、声とひざを震わせるハナ。そんな彼女の問いに、青年は肯定こうていのリアクションを返す。


「なるほどねー。あんなのに暴れられたら、絶対笑い事じゃ済まないよね」


 私は慌てないで、まずは相手の観察から入る。

 巨大ゴブリンは一点を見つめているのではなく、周囲のあちらこちらに目をやっている。何かを探しているように見えなくもないが、実際あれが何を考えているのかはわからない。今のところ、奴は私たちの存在に気づいてはいない。


「み、見たから私はもういいよね? やっぱちょっと……」

「あらら、話が違うよーな。てっきり、真っ先にやってくれるのかとばかり……」

「たッ……! 確かに1発くらいはってさっき言ったけど、それはソラがアレを充分に追い詰めてからという想定で……。先陣を切ってなんて誰も言ってないでしょーが!」


 あぁ、そうでしたね。


「ねぇソラ、実際どうする?」

「ん〜……私が早速さっそく仕掛けに出るってのは、もちろんアリなんだけど……。アレって巨大化したとはいえ、所詮しょせんはゴブリンなのよね。つまり、魔術への耐性ってどうなのかなーって」


 チラリ、とハナの方を見る私。


「ちょっと! やっぱり私が先!? その実験、私にやれと!? ……って、攻撃の術を使えるのは私だけだから、そうなるよね~。ねぇソラぁ、私は見てるだけでいいって言ってくれたじゃな〜い。そっちこそ、話違いません?」


 そうなのだが、こちらも急にピンと来たのだ。奴が、図体ずうたいが大きくなっただけで、他はその前と何ら変わりなかったら──? ハナの攻撃魔術1発で勝負が決まってしまうようであったら? そんな、見かけだけで中身がともなっていないような相手だとしたら、必要以上にこわがることもないのでは?

 答えは、こちらが動かなければわからない。

 あのゴブリンを倒すのに決まりはおそらくないと思うので、ハナの返事次第でもあるが、やはり当初の予定通り、私が最初から最後まで責任持って取りかかってもいいかな、と思っていると──


「……いやいや、待って待って。まだ動かないで、ソラ。なんか気が変わったわ。ゴブリンよねぇ? 雑魚ざこの代表格って言われてる。それがただ大きくなったってだけだよね? あとは何も変わってないよね!?」


 お、私も同じことを考えていたところだ。


「いや……。より力が強くなっているのは間違いないし、頑丈がんじょうさも増している」


 せっかくハナがまた前向きになってきたかという所に、青年が茶々を入れる。


「ああああ、そうよね。そこはパワーアップしてるっぽいよね。足音すごいし。で、でもっ、魔術でなら意外と簡単に倒せるとかだったら、希望は充分にあるかと!」

「君みたいな魔術士に来てもらったことはあるけど……並の術では太刀打たちうちできなかったんだ」

「ガーーン! 『並の術』しか使えない私、んだ」


 あぁ、またハナの周囲に黒ずんだモヤモヤが! 私には見えるぞー。


「わ、私がいるよっ」


 気分が沈んでしまった彼女を、私はフォローする。そうか、(魔術の)耐性も普通のゴブリンとは違うのか。


「希望を絶望に変えるつもりはなかったんだけど……僕は実際に見ているからね。魔術にしても、余程強力なものでないと無理なんだろうな」

「ごめんねソラ、やっぱり私は引っ込んでます」

「どっちでもいいよ。終わった時にみんなが無事であれば、それでよし! なんだから」


 私は全然気にしない。こんな時でも笑顔を見せる。ハナが戦闘に参加するもしないも、彼女の自由。ただ、私が使える人間であることを、その目に焼きつけてくれさえすれば──


「よく笑っていられるねー。余裕ですなー。それとも、あきらめの意味を表しているとか?」

「はいはい、そんなコト言わなーい。誰も諦めてなんかいないよ。やるコトはきっちりやるからね。任せて任せて☆」


 1度受けた依頼を放り投げるのは、冒険者としてどうかと。なので私は改めて、巨大ゴブリンを倒すことを決意する。そんな私のことを、呑気のんきに構えているように見えたのか、ハナは不安を顔に出したままでいる。

 足音は今も聞こえる。私は真顔になった。


「それじゃ……そろそろミッション・スタートといきますか」


 おしゃべりタイムは、ここで終了である。

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