第7話 はじまりの日(2)

「オラァー!」

「うわわっ」


 なんだなんだ? 誰かが私のマフラーを後方から引っ張った。私はバランスを崩すも、どうにか転倒はせずに済んだ。

 すぐさま振り向く。犯人はなんと、ハナだった。


「命の方が大事ってさっき言ったでしょーが! だからそれはダメ! 他のにしなさいって!」

「えー、ゴブリン見るだけならいいよって、今言ってたじゃない」

「確かに……。でも、本気にしちゃイヤよぉ〜。いや、もう何パーセント本気だったか自分でもわからなくなってきたわ。たぶん1けた?」


 私は1人でもその森に行ってみたかった。けれども、それではハナに多大な心配をかけることになるだろう。そんなのは無用なんだけどな。私と組むことで、彼女にメリットが生まれるのだ。だからあえてこの仕事を選んだ。私が見せたかったのは、実を言うとゴブリンだけではないのだ。


「ん〜、じゃ、こうしよう。とにかく、ハナには一緒に来てもらうね。でも、でっかいゴブリンとは私1人で戦う。その間、安全な所で見ていていいからね。ちゃんと証明してみせるから」

「な、何を……?」


 私は胸を張って言った。


「私の方が格上だってコトを、よ」

「自信ありまくりですな。はぁ……私があれこれ言っても無駄かねー。でもさ、マスターたちはどんな反応するんだろうね?」


 あぁ、特にお母さんは、何かとうるさく言ってきそう。

 でも、勝手に出かけてはならない決まりなので、受付へ私たちは向かった。 

 案の定、お母さんには色々言われた。ハナと同じようなことも言っていた。数分間、なんとか説得して、ようやく出発できるようになった。



 私たちは東の森に入った。

 見上げれば、木々の葉っぱばかりが目に映る。空のせっかくの美しい青色を、それらがかくしていた。だからだろう。昼間だというのになんだか薄暗い。

 地面は特に整備されてはいないが、幾度も人の行き来があるからか、平らにみならされている。注視すれば、そこかしこに小石や細い木の枝が落ちている。

 空気はんやり。少し不気味さも感じる。

 しばらくは、私たちの足音ぐらいしか聞こえていなかったのだが──

 ガサガサッ。


「ひっ!」


 しげみからの急な音に、ハナが驚く。なんか変な声だったな。

 1度止まってみる。が、何かが眼前がんぜんに現れる様子はない。このんで人間を襲う魔物ではなく、小動物でもいたのだろう、と私は推測した。それなら、こちらが気にするようなことはない。

 細くて浅い川に沿って、2人並んで歩いて十数分。ひらけた所に1軒の木造の小屋があった。


「ココだろうね」


 私はドアをノックする。

 すぐに人が出てきた。ベージュ色ですその長い上着を着た、若い男性だった。


「えっ、きみたちが?」


 男性は、だいぶビックリしたようだった。彼が巨大ゴブリン退治を依頼した張本人なのだが、来てくれたのが自分より10歳近くは若いだろう少女たち(つまり私とハナね)なのだから。まぁ、無理もないのかね。

 早速さっそく話を進めると、彼は、今回の件は自分のせいなのだと言った。ハナが、どういうことなのかとたずねると、彼はおびえながらも、こう話してくれた。


「そいつは、初めからあんなんじゃなかったんだ。ごく普通の……その辺にいるゴブリンと同じような奴で。僕は魔物の研究をするのが好きでね。でも家だとなんとなく落ち着かなくて……静かなこの森に、この研究所を建てたんだ。ひまさえあれば、ここで過ごしてるんだ」

 大きな本棚が壁一面にえてあり、本という本がぎっしりとおさめられている。これらはほとんどが、この世界の魔物に関する書籍だという。


「あの時はなぁ……僕がちょっと調子に乗っちゃったんだな……」

「何があったんですか?」


 私はそれとなくいてみる。


「前々からなんだけど、この森にんでいるゴブリンたちが、僕の実家がある村で悪さをしてるんだ。と言っても、畑を荒らす程度なんだけどね。そいつらを、村の人が追い払ったり、時には冒険者の人に成敗してもらったりと、してはいるんだけど……なかなか奴らはやめてくれなくて、終わりが見えなくて。何て言うんだっけ……あ、そうそう、いたちごっこだ」


 何度も何度も続くものだから、村の人たちは嫌気いやけがさしていたそうな。そんな時、この青年が考えたのが、この案だった。

 魔物を従わせて、そいつにずっと畑の番をしてもらおう──

 話し合いをしようにも通じない。ゴブリンも言葉は話せるのだが、それがどうしたと。力でねじせられたとしても、村人たちの思うようにいくかといえば、そんな保証もない。そこで青年が思いついたのが、薬で従わせるという方法。魔法薬の作り方の本を熟読し、様々な薬草や木の実などを集めて、彼自身の手で作成した。


「とりあえず、ゴブリンなら誰でもよかったんだ。と思っていた矢先に、1匹だけで行動している奴をたまたま見かけてね、話しかけてみたんだ。僕は一切戦えないから、会話は特に重要なんだよね。慎重に選んだ言葉と身振り手振りで、敵意がないことはなんとかわかってもらえたよ」


 そして説得の結果、彼はブルーラベンダー色の液体の薬を、そのゴブリンに飲んでもらうことに成功した。

 効果はすぐに表れた。本来ならば、奴は彼に従属じゅうぞくするはずだったのだが──


「とんでもないことになっちゃったんだ。後になってわかったんだけど、調合に使うキノコの種類を間違えてしまったんだ。本来のものと僕がってきたものが、よく似ていて……その時は気がつかなかったんだ」


 要は、失敗作だったと。それを服用したゴブリンはというと、ますます目つきが悪くなり、何故なぜか巨大化し、暴れ出した。戦闘経験のないこの青年が、どうにかできるはずはなかった──と。


「大変なミスをしてしまった。もし奴が村に入ってきたら、混乱はまぬがれないだろうな。ヘタしたら、村そのものが壊滅させられるかもしれない。そんなこと、考えたくはないんだけどなぁ……」


 青年は頭を抱える。本当に村に何かあっては、彼は生きた心地ここちがしないだろうことは私にもわかる。早めの対策が必要とされる中、私たちがやって来た、ということで──


「お願いだ、奴を倒してほしい! まだこの森にいると思うんだ。自分がいた種だから、本当は僕がなんとかしなくちゃならないんだろうけど……あれを元に戻す方法は知らないんだ。自分ではどうすることもできない。誰かに頼るしかないんだ」


 私はハナに小声で、「いいよね?」と言う。何秒か経過してから、「……しょうがない」という返事をもらった。よし、OKが出たぞ。


「私たちに任せてください。そのために来たんですから。どんな奴だろうと、チャチャッとやっつけてみせますから!」


 そう言った私の気合いに押されでもしたか、どうしても不安をぬぐえないというハナも、頼りなさそうではあるがうなずいた。


「やってくれるのかい? ありがとう! でも、無理はしないでほしいんだ。もし倒せなくても、君たちを責めるつもりはないから安心して。危ないと思ったら、すぐに撤退して構わないから」


 この言葉に、私は首を左右に振る。


「それはない」

「え?」

「撤退なんてありえないって言ったんですよ。それって、私たちが負けを認めちゃうってコトじゃないですか。そんな、笑えない冗談じょうだんを言われても……」

「いや、冗談とかじゃなくて……」


 私はやれやれ、といった表情で立ち上がり、青年の目を見て言った。


「心配は無用です。私たちは負けませんから、絶対」

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