第6話 はじまりの日(1)

「そういやソラってさ、帰ってきてから今日で何日ったんだっけ?」

 ハナが話題を変えてきた。


「ん? えっと……」


 私は指を折り数えてみる。すると、


「あっ、8日も経ってる!?」

「なぬッ、約束の期間、過ぎてるんやないかーい!」


 1日オーバーしていたことに、今更いまさら気がついた。

 何をかというと、私がギルドおよび家庭の仕事を手伝わなければならない期間である。

 何かやらかしたがゆえのペナルティではない。そのようなものを受ける筋合いはない。

 私は剣術の修行のため、11歳の時に家を出た。それから帰ってくるまでの3年間で両親が私のことを思い出さない日はなかった──と、帰郷後に何度も聞かされた。特に、お母さんは態度や行動がわかりやすく、食事をうっかり3人分用意してしまったこともたびたびあったとか。部屋の換気をしたり掃除そうじをしたりベッドを整えたり……疲れ切った私がすぐさま自室に直行してもいいように、快適に過ごせるように、そのあたりの準備もぬかりなかったらしい。確かに、毎日よく眠れてますよ。

 そのお母さんはというと、私が帰ってくると我先にと駆け寄り、成長した私のことを強く抱きしめてくれた。このままどこへも行かせないという気持ちが伝わってきたのだが、そうはいかないのだ。

 3年ぶりに自室で寝て、次の日。私としては、もうどこかへ出かけたかったのだが、お母さんに阻止そしされた。また遠くへ行ってしまうのはさみしいと言われたので、では近くならいいのかと言ったら、ギルドから半径100メートル以内になら、と返ってきた。それでは冒険にならない。そもそも街の外ですらない。

 お父さんが、私の名前が入った冒険者用身分証明カードを作ってくれた。それから、お母さんの気持ちも少しは察してやってほしいと言われた。私はカードを受け取りはしたが、なんだか動きづらくなっていた。仕方ないので、しばらくの間は家にいてあげると言った。するとお母さんは、まるで子供のように喜んだ。

 引きこもり生活はしょうに合わないということで提案されたのが、お手伝い。期間は、この日を1日目として合計7日間。1日も休まずにできたならば、あとはご自由に、と。ただし、期間内に1日でも休んだら次の日から、また1からカウントし直し。たった7日間頑張ればいいだけのことだった。私はその条件をんだ。半径100メートルは言い過ぎたが、とにかくその間だけ、この街から出てはいけないと付け足された。これも了承りょうしょうした。

 それから時が経ち、今日。数えてみたら、7日間どころか8日間働いていたことが判明したのだ。


「あー、1日そんした」


 思わず脱力。


「マスターに言ってきなよ。多分忘れてるよ。ソラが早めに動けば、今日にも冒険者デビューできるかもしれないんだからさ」


 そうだ。だら〜んとしている場合ではない。


「私はね、ソラと一緒に冒険できるのをずっと楽しみにしていたわけよ。2人でいろんな所を旅して、美味おいしいものをたくさん食べて、悪い魔物とかどんどんやっつけて報酬ほうしゅうガッポリいただいて大金持ちー! とか目指したり、ゆくゆくは、レンさんみたいな超一流の魔術士に上りつめて、思いがけず運命のイケメンと出会い、それからそれから……」


 ハナはそこまでで発言をやめたが、その先はなんとなく想像できた。さて、どこまでなら現実的と言えるか……。落ち込ませてはいけないので、私は否定的な言葉は口に出さない。


「私と行きたいだなんて、うれしいコト言ってくれるね〜。涙出るわ。私も、ハナと一緒の方がいいよ〜。その方が絶対楽しいもんね。……うん。お手伝いは充分じゅうぶんやったし、この通り、冒険者カードももらったし。ここらで新たな第一歩を踏み出してみようじゃないか!」

「よく言った! ならばマスターと話をしてくるがよいぞ! 私はここで待ってるからね⭐」

「よーし……」


 どうか、冒険の許可がりますように──(でなきゃ矛盾むじゅんしてるよ)

 3分後。私は上機嫌じょうきげんでハナのいる所に戻った。単純な身振りで伝えると、


「やったー! 今日からソラと一緒だー!」


 ハナは両手を上げて喜んだ。


「うんうん。思えばこのために、3年も真面目まじめに修行したモンだ」

「えらーい! メチャクチャ強くなってたらもっとえらーい!」


 ハナったら、私以上にゴキゲンになってないか?


「どうだろうね。……あ、そういえば」

「ムムッ、何か問題発生?」

「問題っていうか……。冒険者になった以上、自分のごはん代は基本、自分の力でかせぐんでしょ? 親にお小遣こづかいなんてねだるモンじゃないよね?」

「そりゃまぁ……そうね」


 中には軍資金としてくれる人もいるかもしれないが、私はできれば甘えたくはない。その私のふところ事情は──


「私、お金持ってないんだわ。冗談じょうだん抜きで、無一文。だから、お店でお買い物とかはできないのよねー」

「そういや私も、お財布さいふの中がちと寂しくなってきたんだった。ここらでひと稼ぎ行ってみようかな」


 そしてハナは立ち上がった。私を見て、プラス一言。


「ソラも一緒にね」


 私たちは掲示板をチェックしに行った。他の冒険者も見に来ていた。


「簡単なのはラクな分、報酬がショボいからねー。だいたい、そういうのを取っちゃうと初心者が泣くから下手に選べないし。かと言ってコレはねー。なんか奮発ふんぱつしちゃってるけど、内容をよく読みましょうってやつだ。こんなの、私には絶対無理。レベル高い人向けだもん。金に目がくらんではダメ。自分の命の方が大事。わかった?」


 私は首を縦に振った。


「だからね、初心者と中級の間の私はこの辺の……ほら、これなんか銀貨20枚。こういうのを地道じみちにこなしてるのよ」


 依頼書は数多くあれど、必ず自分に見合ったものを選ぶ。これが基本だとハナは言った。

 今回は、ハナが私たちに適したものを選んでくれるという。ある程度経験を積んでいる彼女に、ゼロからスタートの私が加わったので、報酬が安めのやつにするそうな。腕試しに良さそうなのを見つけてくれるようだ。

 ハナ……というより、私に合わせて? だったら、決定権は私にもある……よね? 何か……何か私にピッタリな仕事は、この中にないだろうか?

 と思っていたら、あった。


「コレに決めた!」


 私はその紙をハナに見せた。


「ほうほう、これはこれは良いのを見つけましたなぁ……って、待って待って。そりゃさ、報酬はオイシイよこれ。けどねアナタ、さっきもちょろっと言ったけど、よーく読んでみなって! こんなの、ベテランさんじゃなきゃ無理でしょー! 私はまだ全然そういういきに達してないから、もっと……ほら、こっちの銀貨25枚のやつだったら! この魔物だったら前に倒したことあるから、ちょっとしたアドバイスならできるよ! ね、こっちにしましょう!」


 ハナは、それはもうあわてた。私が差し出した依頼書には、こう書かれていた。


『王都から東にある森で、巨大化つ更に凶暴化したゴブリンを1匹、退治してほしい。成功した者には、銀貨300枚を贈呈ぞうていする』


「う〜ん、私にはちょうど良さげに見えるんだけどなぁ。300枚よ? それだけ貰えたら、もうひもじい思いなんてしなくていいだろうし」

「誰も、普段からひもじいとは言ってませんって」


 私はハナに、巨大化したゴブリンとやらを見てみたくはないのかたずねてみた。


「……どうよ? 私は是非ぜひとも見たいなー。どんなんだろうなー」

「わ、私は……まぁ、どちらかといえば、見たい……かなぁ。見るだけならねッ! それ以上のことは御免ごめんよ!」


 では、決定ということで──


「それじゃ、私の初仕事はコレでいこう」


 手続きをするために、私は受付カウンターの方へと身体からだを向ける。1歩前に進むと、邪魔が入った。

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