第4話 いいものを見せてもらいました!

 ゴオオ……と燃える音に混じって、敵の苦痛をうったえる声も、ハルカさんたちには聞こえた。効いている証拠だ。やはり弱点だったのか。そんな所をやられたら、誰だってひとたまりもない。

 次でとどめを刺したいと思ったハルカさんが、レンさんと代わるように地竜と向き合った。

 奴は灼熱しゃくねつの炎から解放されたら、真っ先に開けた口を閉じるだろうと、誰もがにらんだ。そう来る前に、その目印のようにも見える部分を一直線に刺すという流れに持っていきたかった。男性陣はハルカさんに期待していた。

 太陽を隠していた雲が、風にあおられ形を変えた。この時、炎も消えた。敵に近づけるようになったので、ハルカさんは瞬時に突っ込んでいった。腕を伸ばせば剣が目標に届くという位置に、相手の口が閉じる前に着けた。


「さっきと同じ光線か来なきゃいいんだがな」


 ガイさんが不安をらした。


「そうしたら、あんな至近距離からでは、けるのは難しいかと。……まったく、ハルカはたまに無茶をしようとする」


 レンさんも心配を隠せなかった。ハルカさんは聞こえないフリをしたらしい。

 いきなり正面からというのはやめた方が、とガイさんは提案したが、ハルカさんはそれは受け入れなかった。

 地竜は、そんな彼女を排除するつもりで、まずは顔を少し震わせた。光線を撃つための準備の動作だったのではないかと、ハルカさんは思っていた。

 3人プラス1体の、周囲の空気の流れが変化した。できれば高エネルギーの光が見え始める前に、弱点の部分をひと突きしたかったハルカさんだったが、そこは間に合わなかった。地竜の口内で、白い光がジワジワと集まり大きくなっていった。

 ハルカさんは回避行動をとらなかった。余計なことは考えたくなかったんだとか。傷は隠れてしまったものの、場所は正確に把握していた。やることはただ1つ。それを果たすために、強い思いを剣にめた。


「おい、マジで危ねーって!」

「いや、もう何を言っても遅いでしょう。……ともかく、ハルカを信じましょう」


 地竜が力をめ終わるよりも早いタイミングで、ハルカさんは動いていた。光線の発射まであと何秒もないというところで──

 そこそこまぶしさも感じたが、彼女は決して目を閉じなかった。ただ無心で、ねらった所に一撃をくらわせた。


「ゴガアアアアァァッ!!」


 地竜はその日一番の大声を上げた。結局、外に放たれなかった光は、奴の口の中でスゥーッと収縮していき、やがて消えた。

 ハルカさんが剣をズボッと抜くと、古い傷の上に新たな刺し傷ができていた。

 巨体は倒れした。砂埃すなぼこりが舞った。口を閉じるのは困難だったのか、中途半端に開けたままだった。静かに鮮血をあふれさせていた。


「……やったのか?」


 ガイさんがたずねた。警戒心は、まだいていなかった。


「そのように見えますが……油断は禁物です。演技かもしれませんからね。迂闊うかつに正面には立たない方が……って、ハルカ、特に貴女あなたに言ってるんですよ。聞いてますか?」

「やぁね、慎重になりすぎなんじゃない? レンったら。もうすぐ日が暮れることだし、早く帰りましょ。取るもの取って」


 言ってハルカさんは、大胆だいたんにも地竜の平らな頭の上に乗った。

 そっと角にれてみた。何の反応もなかった。

 緊張はした。1度、コクリと息を飲み、ぎ取りを開始。男性陣は、ただ静かにその様子を見ていた。

 相手は絶命しているとはいえ、(ハルカさんの)技術的な意味で手こずるだろうかと一行は思っていたが、意外とあっさり、それは頭部から離された。

 ハルカさんはようやく剣をさやおさめ、地面に降りた。その手には、暗黒地竜の一本角が握られていた。


「おおー、やったぜ、おい!」

「完全に、我々の勝利ですね」


 3人は、喜びを分かち合った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……というわけでありまして」


 と、ハルカさん。

 私は想像力をフルに働かせて、彼女たちの戦いを頭上に思い描いていた。そのうち、その世界から抜け出せなくなっていた。


「ソラ!」


 ──ハッ!

 我に返ったのは、ハナが気持ち大きめに私の名前を呼んだ時だった。


「あぁ……ゴメン」

「もう、なに岩みたいに固まってんのよ。ここまでの話、ちゃんと聞いてた?」

「聞いてましたよ、それも全力で集中して! 私にからむよりもだね……」

「あっ、そうよね」


 私とハナは、ハルカさんの方に向き直した。


「うん、やっぱりハルカさんたちはすごい! 強い! さっすが、私たちのあこがれの的ってだけあるわ〜。あ、あのっ、というコトは……そもそもの話をふっかけてきた鍛冶屋かじやさんに、武器は作ってもらったんだよね!?」


 私は身を乗り出しつつしゃべった。


「もちろんよ。あの人、たいそうビックリしてたわ。本当にあの竜を倒す人が出てくるなんてとか、普通の冒険者とは違うんだろうなとか。私は、自分たちのことはいたって普通だと思ってるんだけどなー。まぁ、その辺は人それぞれで構わないんだけどね」


 ハルカさんが話しているのをよそに、そわそわするハナ。何かを考えている? 言いにくいことなのかな? 私は『あること』に期待しているのだけれど、私とハナが同じことを考えているのかどうかはわからない。とりあえず、私から言ってみようかな──と思っていた時だった。


「それで、その人はね、業界の中では変わり者なんて言われているらしいんだけど、腕は確かよ。一晩かけて、結構良いものを作ってくれたわ。……見る?」


 キターーーー!


 これだよ、これ! 私が期待していたことというのは! ハナも、口元を手で押さえて「え、マジ?」と小声で言っている。彼女もやはり同じことを……! ハルカさん、実は私たちの心の中を察していたのかな?

 私たちの返事はもちろん、


「見る!」

「見たい!」


 こうして私とハナは、ハルカさんの新しい武器を見せてもらうこととなった。

 鞘に収まった状態のそれを手に取るために、私はずっと持っていたトレイをテーブルの上に置いた。

 大きさは、一般的なロングソードほど。やはり、あつかい慣れたサイズが一番だろう。重さは、私の剣よりも若干じゃっかん重めな気がする。柄を握った時なんかは、小さな感動が芽生えてきたものだ。

 持ち主の許可を得て、鞘から出してみる。見慣れない黒い刀身は実にスタイリッシュで、まるで鏡のような光沢をも持ち合わせている。決して派手すぎず、ハルカさんという人物が扱うにふさわしい、丁寧ていねいな作り込み。その美しさに、自然と溜め息が出る。

 これが『たくみの技』というものなのだろうか?


「……かっこいい」


 先に、ハナが率直な感想を言った。


「コレ作ってもらったとか、うらやましすぎる……」


 値段をつけるとしたらいくらになるのか。この世界で主に流通しているのは銅貨と銀貨だが、もしかしたら金貨の出番が来るかもしれない。私はそんなもの持っていないが。

 そういったものを見せてもらったからといって、私もハナも、変にキャーキャーさわいだりはしなかった。……いや、この剣を前にしてはできなかった。これはさしずめ、高価な美術品といったところか。それならば、静かに鑑賞せねば──と。

 私たちは屋内にいるので、剣を借りて振り回すことはできない。まぁ、外にいたとしても、なんとなく遠慮してしまうんだろうな。かと言って、街を囲む壁の外側で、適当な魔物で試し斬りをしたい、あるいはハルカさんにしてほしい──とも頼みづらい。この辺には雑魚ざこしかいないと聞く。より強い相手を求めて旅するハルカさんにそのようなことをお願いするのは、かえって失礼になるだろう。

 そもそも、このギルドで最も有名な冒険者であるハルカさんから(彼女たちの)経験談を聞けるなんてことが、一種の贅沢ぜいたくなのである。私は何年も前から彼女とガイさんたちを知っているが、このような機会はなかなかない。

 私もハナも、これ以上は望みを口にしなかった。黒いといっても禍々まがまがしさは不思議と感じない職人技の結晶を、端から端までしっかりと目に焼きつける。形状、全体の色使い、重量感等々。……うん、覚えた。

 私はお礼の言葉をえて、ハルカさんに剣を返した。正直言って、ずっと緊張していたけれど、今やっとその空気から解放された。一流剣士の真ん前で、やや大きく息を吐いた。


「苦労して手に入れたんだから、長く使いたいものね。もっとも、私は物を大切にする方だから、その自信はあるけど」


 ハルカさんはそう言いつつカップのお茶を飲み干し、「さて──」と気持ちを切り替えて立ち上がった。

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