第2話 憧れの人から話を聞けたよ!(2)

 地竜の視界に3人がバッチリ入っても、おびえる者は誰もいなかった。ガイさんは余裕のみすら浮かべていた。

 ガイさんはその豪腕ごうわんで、敵に今度こそ一泡ふかせてやろうとした。渾身こんしんの一振りが、難なくして地竜の身体からだに直撃した。その響き渡る音の具合といったら、鳥どころかけものも逃げ出すのではないかというほどだったそうで。

 当てるだけなら簡単だった。が、そこから先の段階には相変わらず進めなかった。手応てごたえがあったとはとても言い難かったらしい。そこでガイさんは、ハルカさんのようにすぐに刃を引っ込めたりはしなかった。

 彼は3人の中で、最も腕力がある。その点を活かして、そのまま勢いを緩めずに長い刃を押し込み、敵の身体に浅くてもいいからと傷をつけようと頑張ってみた。

 結果、鱗に深さ2ミリメートルほどのあとがついたのみ。皮膚まで届いてはいなかった。この程度では、地竜は痛みなど感じるはずはなく、ただ無言を貫いていたんだとか。


「おいおい、結構力入れたつもりなんだがな……」

「まるで何事もなかったかのような顔をしているわね。とりあえず、私たちの存在には気づいてもらえたようだけど」


 その時、もう1つの人影が動いた。


「僕の出番ですね」


 紺色のサラサラ髪で眼鏡めがねをかけた魔術士風の男性が、代われとばかりにハルカさんたちの前に立った。眼鏡の微妙なズレを右手でクイッと直す。その手は真下には下ろさずに、前方の敵に向けて伸ばした。


「貴方たちのなまくら刀では何かと時間がかかって、効率的にも良くないでしょうから……ここは僕が、できうる限りの火力をもって、奴を仕留めてみせましょう」


 いらぬことを言われて、ハルカさんは、やはり自分もガイさんと一緒に武器を買い換えた方がよかったかしらと、やや後悔したそうで。


「俺のはなまくらじゃねーぞ」


 ガイさんは文句を言ったが、それに対しての返事は来なかった。

 魔術士──レン・グロブルスさん(通称:レン)の前に、直径1メートルほどの魔法陣が出現した。


「ここ最近は敵の質がイマイチで、物足りなさを感じていたのですが……このような歯ごたえのある奴が相手とならば、遠慮えんりょなくやらせていただきますよ」


 今すぐにでも大きな力がその身に降りかかってくるかもしれないという時に、地竜は金色の瞳で人間たちを見えたまま、何も仕掛けてこなかった。防御の体勢もとっていなかった。


「よーし、やっちまえ!」

「期待してるわよ」


 レンさんの魔力はすさまじいほどに高く、複数の属性の攻撃魔術を得意としている。あらゆる物質を消し炭と化してしまう炎、どのような相手でもその動きを封じてしまう氷、頑強な建造物でも砂の城を崩すがごとく破壊すると言われている風。極めつきは雷撃で、レンさんが使う術の中で最も威力があるとされている。他の属性の効果がイマイチの場合や、確実にとどめをさしたい場合に使用するのだと話してくれたことが、だいぶ前にあった。


「では、その角……折らせてもらいます」


 魔法陣から放出された、眩しさをも伴う激しい稲妻が、猛烈なスピードで地竜めがけて宙をはしる。およそ3秒後、これまたいとも簡単に命中した。

 全身を貫くような衝撃が、休むことなく巨体にまとわりついた。奴はこの時、悲鳴は上げなかったらしい。我慢強いのか、それとも効いているというのはレンさんたちの思い込みで、実際には……だったのかなぁ?

 私はこのことについて、ハルカさんにたずねてみた。すると彼女は、そうではなくてむしろ苦しみの限度を超えていて、声にならない声を上げていたのではないだろうかと答えた。なるほど、そっちか。

 レンさんの攻撃が止まない中、ハルカさんはハッとして彼に注意の言葉を投げかけた。


「ちょっとレン、あまりやりすぎて、例のモノを台無しにしないようにね!」


 あぁ、そうだよね──

 地竜を倒したとしても、肝心のものが粉々に──など持ち帰れない状態になってしまっては、それまでの努力が無駄になってしまうのは確かだ。誰もが恐れをなす暗黒地竜と何故なぜ戦っているのか、その理由・目的を忘れないでほしいと思って、そのようなことを言ったのだろうな。欲しいものまで跡形もなく塵となってしまっては、困るのはハルカさんたちだもんね。


「わかってますよ。僕はそこまでおろかではない」


 1分以上が経過して、ようやくレンさんは手を下ろした。

 雷が消え、敵の顔面に目をやると、瞳は閉じられていた。巨体はピクリとも動かない。


「あら……おしまいかしら? こうしてみると、思っていたほどではなかったわね」

「なーんだ、俺らの圧勝じゃねーか。噂は所詮、噂にすぎねーんだな。ハハハハハ」


 レンさんは軽くひと呼吸ついてから、ハルカさんにこう言った。


「角のサイズからして、あまり大ぶりな武器は作れない。あの鍛冶屋かじやの方には、ハルカ用の新しい剣を作ってもらうということで結論づけていいですかね、ガイ?」

「いいぜ。真っ黒な剣ってのは、俺にはどうもなぁ……って思ってるからよ」


 へぇ。さすがガイさん、心が広い。


「それはそうと、角の根元を見てください。良い具合にヒビが入っているでしょう? ここまでくれば……あとはわかりますね?」


 レンさんとガイさんは、そこで退がった。

 あれ? 角はレンさんが折るんじゃなかった? 私が言ったらハルカさんは、「“レンが”折るとまでは言ってないわよ」なんて返してきた。主語を抜くなー。てっきり、雷の術でポキッといったのかと思ってしまったではないか。

 そういうわけで男性2人は、ハルカさんに角を折る役を与えたのだ。


「私がやっていいのかしら?」

「ええ、もちろん」

「いいよ、スパッとやっちまいな」


 仲間たちがせっかくそう言ってくれたので、ハルカさんは改めて剣を握り直し、倒れている魔物に近づいていった。どうか目を開けないでと願いながら。

 後ろに立つ者たちが見守る中、勝利の証をいただこうとしたその時。

 ギロリ。

 大きな金色の瞳が、ハルカさんを睨みつけた。


「!」


 彼女は咄嗟とっさに身を退しりぞけた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「そ、それって、まだ生きてたってコトですかぁ!?」


 水色のローブの少女──ハナ・カルーナ(通称:ハナ)が、立ち上がり叫んだ。その勢いで椅子いすが倒れた。何人かが、私たちの方を向いた。


「そう。実は全然ピンピンしてたのよ。あの時は心臓がね上がりそうになったわ」


 ハルカさんは、すっかりぬるくなったお茶を一口。


「国一番の魔術士って言われている、あのレンさんの術をくらってもなんともないって……めんどくさっ」


 私も、何かを言わずにはいられなかった。


「本当、厄介やっかいな奴だったわ。あの身体からだは何でできているのかしらってくらい、異常な防御力……私がこれまで出会った中でも、トップクラスに入るのは確かね」


 ハルカさんによると、あの暗黒地竜という魔物は、ただ格別に硬いだけの存在ではなかった。

 移動速度は意外と速く、ほうけていたら、あっという間に間合いをめられてしまうとか。巨体イコールにぶいという図式には当てはまらない部類か。

 攻撃力も無視はできない程だとか。太い前足から繰り出される爪で大地をえぐるが、そのさまは、まるでやわらかい豆腐とうふを崩すかのよう。後ろを向いたかと思えば、長い尻尾を持ち上げて獲物を叩きつける。うまく当たれば潰されること間違いなし。最も脅威きょういなのが頭部の黒い角で、それでつらぬけないものはない──と伝えられていたそうな。


「そんなのに、よく勝てましたね……」


 ハナが、驚きの表情をたもったまま感心する。


「うむむ……逆にいい言葉が出てこない」


 私も、今は笑顔は作れなかった。


「長い戦いだったわ。今でこそ笑って話せるけどね」


 ハルカさんの話は、もう少し続く。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 3人は疲弊ひへいしていた。

 地竜にまともなダメージを与えたくとも、強固な鱗がはばむ。

 その場所に来たばかりの時は、太陽は真南にあったらしい。が、それもだいぶ西へとかたむいて──

 日没までに決着をつければ……とはいったものの、その時は目の前の敵の倒し方が根本的にわからなかった。ハルカさんは男性陣に、まだ戦えそうかたずねた。


「おう、まだまだあきらめちゃいねーぜ」

「右に同じです」


 良い返事を得られたので、ハルカさんは2人に指示した。ガイさんには尻尾を狙うようにと。レンさんには再度、できる限り強力な術の用意をと。


「よっしゃ任せろ! うおおおおッ! 今度こそ!」


 闘気をめた大剣を、ガイさんが振り下ろす。刃を何度も当てつつ、何か手はないかと考えながら時を費やしているうちに、鱗と鱗の間にわずかな隙間すきまがあるのが目についた。たまたま1回だけ、その部分に当たったのがきっかけで。

 手応てごたえは、明らかにそれまでとは違うと、ガイさんは感じたらしい。ただ、そこだけフニャッと柔らかいわけではなく、やはり硬いものは硬い。けれど、斬れなくはないと思ったそうだ。

 勝機を見つけたかのようだったが、気をゆるめるのは厳禁。ガイさんは剣の柄を両手でガッチリ握り、歯を食いしばりながら、更に闘気を放出した。


「ぐぬぬぬぬ……」


 尻尾はとらえていた。刃が幾分か沈んだ。皮膚ひふに食い込んだのか。その時、地竜の声が小さくれたそうだ。


「いけそうな……気がする……!」


 ガイさんのひたいからは汗がにじみ出ていて、腕は小刻こきざみに震えていた。ハルカさんとレンさんは動かなかった。私が理由をいたら、下手に手を出して、もし地竜が興奮してしまったら、せっかくの機会を逃すことになりかねなかったので、という返事が来た。

 押して押して、押しまくる。

 ズブリ。グリッ。

 更なる手応えが。


「いや、『気がする』んじゃねぇ。いくんだ! 俺が……やってやるんだ──!」


 そして──


「グオオオォォッ!!」


 地竜が悲鳴を上げた。尻尾が──切断されたのだ。

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