無敵な彼女の素敵な冒険バナシ

霜月りの

第1話 憧れの人から話を聞けたよ!(1)

 その街は、高い壁に囲まれていた。しかし、白っぽい色合いの壁に圧迫感を覚えるという話は、少なくとも私は聞いたことがない。それは外部から来る人間をシャットアウトするためではなく、恐ろしい魔物の侵入を防ぐという目的のもとで造られたものなのである。

 1年を通して穏やかな気候ということで知られている、アルテア王国。特別大きな国というほどではないが、かといって小さいというわけでもない。

 私が住んでいるこの街の名は、アルトシティ。国内にいくつもある人間の生活圏の中で最も大きく、常に人の往来や物流が盛んな、国の中心地。王都という言い方もある。

 街の入り口付近には、槍を手にした若い男性が1人、いつもいる。見張り番のその人は、少し遠くに見える城に所属している正規兵。もともと治安は良い方であるからか、今日も様子をチラ見してみたら、なんとも暢気のんきそうだった。

 私は朝がやってきて数時間経った頃に外に出たが、街なかはすでに人という人でにぎわっていた。小さな子供から年寄りまでのあらゆる年代が、あるいは地元民からそうではない者まで、いきいきと1日のスタートをみしめているような感じがした。

 石畳いしだたみ綺麗きれいに敷き詰められた大通りの一角に、青い屋根のそれは建っている。周辺の店や民家よりも敷地面積が広い。外壁や窓は普通のよりも高級感が漂うものを使用している。扉はお洒落しゃれなデザインで、他の建物とのかぶりはない。正面玄関に立って見上げれば、看板がかかげられているのがわかる。

『冒険者ギルド ブルーバード』──それが、この施設の名前である。中は広く、飲食店に負けない清潔感がある。そこにいる人間のほとんどが、何らかの武装をしている。ある者は一仕事終えたのだろうか壁側でくつろいでいたり、またある者は逆に探しているのか掲示板の張り紙をジッと眺めていたり。

 4つあるテーブル席の1つが埋まっていた。背もたれのない丸い椅子に座って向き合っている、同じ性別の3人。そのうち、今喋っているのは、長い薄茶色の髪の、20代前半の美しい女性。青いライン入りの、すそひざくらいまである白い服の上に、銀色のプレートメイルを装着している。黒いレギンスに、履き物は鎧と同じ素材と思われるもの。彼女の左腰の剣には、真新しさが垣間見えた。


「──さすがにね、今回ばかりは身を退いた方がいいんじゃないかと、ちょっと思っちゃったのよ。アレがどれだけ強いのかは色んな所で聞いていたから、なんとなくのイメージというのはついていたんだけどねぇ……。あんなの、反則以外の何ものでもないわ、今振り返っても。私含めて皆バテバテ。もうね、スライムですら相手にしたくないって気分になっちゃって」


 女性はテーブルの上に置かれた白いカップに口をつけ、お茶を静かにすすった。彼女の向かいには聞き手が2人。うち1人は、私である。時折、うんうんと首を縦に振りながら、話を聞いているのである。


「けど、ハルカさんたちは諦めなかった」


 私の隣にいる、濃い桃色の髪を持っていて水色の衣服に身を包んでいる少女が発した言葉に、鎧の女性──ハルカ・マグワートさん(通称:ハルカ)はうなずいた。


「諦めが悪いのよね、私たち。結局なんだかんだ言って、本当に逃げた人なんて誰もいなかったし、それどころか逆に、もっと立ち向かっていっちゃったわけだし。最後らへんなんかもねぇ……聞きたい?」

「聞きたい!」

「聞きたい!」


 私も声を出した。しかもハモった。銀色の丸いトレイを持つ両手に力が入った。

 このギルドに所属しているハルカさんは、数日前に2人の仲間と共に、ある物を入手するために旅立った。そしてつい先ほど、無事に帰ってきた。

 彼女たちは、この国はもちろん、周辺国の冒険者たちの間でもうわさになるくらい、とにかく強い。これまで、常人ならまず受けないであろう高額で難しい依頼の数々を、まるで色紙にサインをするかのごとく簡単に、カッコ良くクリアしてきている。

 失敗知らずの3人組は、今回の件も例外なく成功させたかったそうだ。報酬はお金ではなかったが、ハルカさんがどうしても自分の物にしたかったとか。

 標的は、この街からずっと西にある険しい山岳地帯にんでいた(今となっては過去形ね)、暗黒地竜という魔物。全身真っ黒で、翼はあるが退化してしまっているので、空を飛ぶことはできない。なんと言っても特徴的なのが、ひたいからえた長さ1メートル以上はある1本の角。まるで剣のようなそれの攻撃力は尋常ではなく、生半可な防具は役に立たない。防御力もかなり高く、粗末な武器だと傷をつけるどころか逆に壊れてしまうほどだという。魔術への耐性もあり、まともなダメージを与えるのは簡単ではない。この魔物がどれほどの脅威きょういなのか──噂だけでも聞いたことがある冒険者は少なくはなかった。そして、大半はそいつと戦うことを遠慮していたらしい。

 ハルカさんが言うには、角は加工すれば人間用の立派な武器に生まれ変わる。それを知ったどこぞの鍛冶屋かじやが、腕に自信のある者を対象に、挑戦状といってもいいものを出してきたのが、そもそもの始まりだったそうな。『暗黒地竜の一本角を持ってきた者に、それを材料とした武器を作ってやる』──そんな依頼書が、各地のギルドに行き渡った。当然、ここブルーバードにも。

 他の地域から、何人もの熟練した冒険者たちか、角を目当てにくだんの魔物に挑んだ。だが、誰もがその強さに圧倒されて、タダで済まされるはずがなかった。中には命を落とす者もいた。残念ながら、このギルドから現地に向かわんとする勇敢な人物は、なかなか現れなかった。

 それから幾日か過ぎた頃、別件で遠方におもむいていたハルカさんたちが戻ってきた。そして1日だけ休んだ後、酔狂すいきょうな鍛冶屋からの挑戦を受けた。



 そいつは山の中腹にいた。

 体長は、角の先から尻尾の先まで12、3メートルと……なかなかの大物だったんだなぁ。事前に仕入れた情報通りの風貌ふうぼうに、ハルカさんたちは顔を見合わせて頷いた。間違いない、と。

 この魔物を仕留めれば、貴重な角が手に入る。いまだかつて誰もなしえていない、奴の討伐。成功すれば、偉業とたたえられるかもしれない。新たな武器も約束される。

 一番先に、刃の長さが80センチメートルほどの剣を握ったハルカさんが、地竜にりかかった。私は直接見たことはないが、仲間が言うには、彼女は攻撃する際、足音をあまり立てないし、特に気合の声を発することもない。にぶく光る鱗がどれほどまでに硬いのかを確かめるために、まずは通常の力で武器を振り下ろしたとか。

 ハルカさんの最も基本的な攻撃方法である。ちまたで強敵と言われている魔物の一部は、実はその一撃で沈んでいっているのだとか。彼女からしてみれば、相手は全然強くないということになるのか。しかし、暗黒地竜という魔物は、そういったやからと比べてどうだったのか。

 ガギィィン! と音を立てて、刃はあっさり弾かれた。

 低木の陰に集まっていた小さな鳥たちがバサバサとあわてふためいて飛んでいくのを見たという。いきなりの金属音にビックリしたのだろうと私は思う。

 一応は当てたので、その部分を確かめてみると、傷は全くついていなかった。いわゆるノーダメージ。対してハルカさんの方は、両手が軽くしびれてしまったらしい。わずかな時間だが、顔をしかめた。幸い、使い込まれたオーダーメイドの剣に、刃こぼれなどの不具合は生じなかった。


「なるほど、いつも通りの感覚で戦ったのでは、勝ち目はないかもしれないわね」


 数歩下がったハルカさんの一言の後、仲間の1人──ハルカさんのよりも厚みのある鎧を着て背中に大きな剣を背負った、顎髭あごひげがトレードマークの男性が前に出た。


「まあまあ、ここは俺に任せてみな。そいつはもう随分と使っているから、そろそろ手入れしても、お前の望む切れ味は期待できないんじゃないのか? それに比べ、俺のこいつは新品だ。きっと良い結果を出してくれると思うぜ」


 彼は、ガイ・フェンネルさん(通称:ガイ)。立ち寄った街で購入した武器の性能を知りたくて、ウズウズしていたのだとか。


「行くぜ! おらあぁぁッ!」


 目標に向かって駆けた。

 その声、あるいはドスドスと響く足音に反応したのか、地竜が目線を彼に合わせた。そして身体を少し動かした。ゆっくりと、しかし何を思ったのか、1歩進んだだけで止まってしまった。咆哮ほうこうを上げることもなかった。ガイさんたちから見て、この時点では怒っているわけではなかったそうで。

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