第四幕『少女』

「ちょっと待って!」


急に呼び止められた彼女が、びっくりした顔でこちらを振り向く。

私は彼女のもとへ駆け寄っていった。


「目下池公園に行きたいの?」


そう尋ねると、彼女はますます目を丸くする。


「なんでわかったの……?」


「……」


正直、わからないわけがなかった。

しかし、それなりに説明しないと納得してくれないと思い、私は彼女の目線にあわせてしゃがみ、話し始める。


「その水笛、目下池近くの屋台で買ったでしょ。このお祭りだと、そこ以外で水笛は売ってないし、毎年水笛の屋台はあそこが定位置だから。」


とにかく彼女を引き留めるため、何とかしてその信用を得たかった私は、若干早口になりつつ言葉を紡ぐ。


「あと、水笛以外に買ったものが見当たらないから。目下池でパパかママにそれを買ってもらった後、自分ではお金を持ってなくて、家族とはぐれて以来、お買い物してないのかなって思っただけなんだけど……」


尤も、彼女自身が金銭を所持しており、目下池以外で買ったものが服のポケットに入っていて見えないサイズのものだったり、既に消費された飲食物の類いだったりしたら話は別だ。こんな素人の仮説は通用しない。

というか、仮説と言うのもおこがましいくらいである。しかし、彼女はそれで十分に納得したようだった。


「そっか!」


おいおい、見ず知らずの人間をそんな簡単に信用して大丈夫か!と少しヒヤヒヤしたが、一応結果オーライだ。


その後、彼女とともに目下池まで行くまでもなく、私は近くに電話ボックスを見つけた。

まず先に彼女から親に連絡させる。


「お姉ちゃん、これ、どうやってやるの?」


彼女は使いにくそうにもたもたと電話のボタンを押し、長い受話器のコードをこねくりまわしていた。


どうやら彼女、祭りに来る前にテレホンカードと母親の携帯電話の番号を書いたメモを持たされていたそう。しかし、テレホンカードや公衆電話の使用方法をよくわかっていなかったために連絡出来なかったらしい。


ちなみに、別に聞き耳をたてていたわけではないのだが、会話の途中で彼女が度々口にした名前は「たまき」だった。

彼女、ことたまきは、自らをさす一人称として自分の下の名前を使っているようである。


そして、通話を終えた彼女が言うことには、これからたまきの母がこの場所まで彼女を迎えに来るという事で話がまとまったとのこと。


私はたまきから受話器を受け取った。

公衆電話なら円のスマートフォンに繋がるかと淡い期待を寄せたのだが、駄目だった。

それは両親の携帯電話も同様で、試しに自宅にかけてみたところ誰も出ず、やがて留守番電話に切り替わってしまう。


「まぁ、そんな気はしてた。」


一旦、自分の事はさておき、たまきの母親が来るまでは彼女と一緒にいることにする。

ただ、祭会場に一人残してきた円の事だけが、ほんの少し気がかりだった。


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