第三幕『迷子』

「円!?」


思わず大声で叫んでしまった。

それもまわりの喧騒にかき消されてしまい、私は焦りを覚える。

見たところ、周囲には彼女と似たような背格好の人物が数人見受けられたが、全員円本人ではなさそうだ。

私の背中を嫌な汗が伝った。

まさか……私、迷子!?


「いやいやいやいや、十五歳で迷子は流石にヤバイって!」


しかも幾度となく来たことのある地元の公園である。この祭には同級生や友人たちも来ているはず。迷子放送で名前でも流されようものなら確実に一巻の終わりだ。後日、それをネタに学校でからかわれることはまず間違いない。

それだけはなんとしてでも避けたかった。


私はすっと息を吸い、そして吐いた。


落ち着け。


考えろ。


打開策くらいすぐ見つかる……


ひとまず冷静さを取り戻してきたところで、改めて状況を整理した。


「とにかく、円に電話しよう。」


バッグからスマートフォンを取り出して、ロックを解除。しかし、そこでまた新たな問題が発生する。


「まさかの圏外!」


しかも、どうやら通信圏外にいるのは円ではなく、私のようだった。

その証拠に、端末の動きが物凄く鈍い。電話はおろか、インターネットやメッセージアプリ等の連絡手段となりえるツールが一切起動しなかった。


それでも、円や両親となんとか連絡を取るべく携帯端末と格闘すること数分間。

結局、私の新しいスマートフォンが、持ち主の期待通りの働きを見せることはなかった。

いつもはちゃんと私の言うことを聞くいい子なのに、今日に限って反抗したい気分らしい。持ち主によく似て、なかなかに偏屈でひねくれた性格をしている。

私は深くため息をついた。


仕方がないので、若干心細い思いをしつつ、時折円と似たような風貌の少女に気を配りながら遊歩道を進む。


取りあえず現金の持ち合わせがあるので、公衆電話を探そうと思った。


その時だった。


「ママ!」


後ろからいきなり腕を引っ張られた私は、軽くよろめいてしまった。


驚いて後ろを振り向けば、そこにはまだ小学校に入るか入らないかくらいの年齢の少女がいた。彼女は私の顔を見てすぐに自分の間違いに気づいたらしく、あからさまに硬直する。一方で、私も相当困惑していた。


「あ……ママ、じゃない……」


ごめんなさい、とか細い声で呟いた少女は、くるりとこちらに背を向け、とぼとぼと去っていこうとする。


ちゃぷり、と。微かな水音をたてて、彼女が首から下げている半透明な桃色の水笛が揺れた。鳥の形をしたその笛の上には、小さなアニメキャラクターの飾りがついている。


おそらく迷子なのだろう。

彼女は不安そうな顔を隠そうともしなかった。いや、あの年頃ではそもそも本心を隠し通せるほどの余裕がないのか。

次の瞬間、私はその小さな背中に向かって声を投げていた。

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