第4話 翼をください-4
放課後、大勢の生徒が由美子にクラブ勧誘にきた。他のクラスからも現れたスカウトに取り巻かれて由美子は身動きが取れなくなった。新聞部の部長の中川まで現れて取材さながらに由美子にインタビューをしていた。その横をそっと松本は帰っていった。
結局由美子は学校の案内も兼ねて、色々なクラブを案内してもらうことになった。前川は園芸部だったが、由美子について回ってくれた。
この学校は進学校だったので、運動部は全般的に弱かった。女子のクラブでは、テニス部と陸上部の少数だけが強く、他は問題外の弱さだった。ところが、勧誘に来たのは女子部だけではなかった。風見はサッカー部のマネージャーに勧誘していたし、バスケや柔道部までも勧誘にきていた。ほとんど全てのクラブを見て回ることになり、日も翳って来た頃、ようやく帰途についた。
「どうするの」という前川の問い掛けに、少し言いよどみながら、
「全部断るつもりなの」
「そうなの」
「あたし、できないと思うの……」
「どうして?」
そういいながら校門を出ると、朝のロールスロイスが待っていた。
「お帰りなさい」
そう言ったのは運転手でもボティーガードでもない、精悍な高校生だった。
「あ、お兄ちゃん」
驚いたように叫ぶと、由美子は駆け寄っていった。
「どうしたの、今日は練習はないの?」
「今日はお休み。どうだった、この学校は?」
「あのね」と話し掛ける由美子の相手には前川も見覚えがあった。後ろのほうで声がして、
「あれ、緑川先輩じゃない」と言っていた。
それを聞いて前川も思い出した。そこに立っていたのは、隣接する旭学園高校の1年の緑川直樹だった。緑川直樹は、この緑ヶ丘学園の卒業生で、進学校の旭学園に進み野球部のスラッガーとして名前が知れている。直樹が入学したことで、甲子園出場も可能だと噂されるほどの名選手である。あの直樹の妹ならば、ソフトボールがあれだけ飛んだことも、何となく理解できた。
由美子は向き直ると前川やついてきていた他の面々に大きく手を振り、車に乗り込んだ。直樹も軽く手を振ると車に乗り、そして去っていった。
数日後の朝、曇った空が気分を移しているように感じられる日だった。気だるい気分で歩いている松本の横を、大型の外車が走り抜けると急に止まり、由美子が降りてきた。
「おはようぉ」と大きく挨拶するようになった由美子につられるように松本も手をちょっとだけ挙げて、挨拶を返した。
二人は一緒に歩きながら、学校へ向かった。もっぱら由美子ばかりが話し掛けていた。今日は風見君のクラブの見学に行く予定だと、喜々として話す由美子に無愛想に松本は返事をしていた。それでも二人は間隔が離れることなく歩いた。
ふと、松本が立ち止まった先に、一人の女子・・・制服の違う女子・・・がいた。ロングの茶髮、耳には派手なピアスが2つ3つ光っていた。
「やぁ、元気ィ」
微笑みとは裏腹の低い声は、由美子を威圧した。由美子はすっと松本の陰に入って様子を見た。松本はじっと見据えたまま何も言わなかった。
「おひさしぶりなのに、無愛想ネ。最近ドウしてるの?ケータイにも出てくれないし」
「あんたに、会いたいなんて、言ってないのに、のこのこ顔出すんだね」
「あらァ、あんまりじゃない。アタシタチ、友達じゃない」
「友達なんかじゃないよ」
「あら?あんまりね、一緒にパクられた仲間なのに。いい学校に通ってるからって、威張らないで欲しいわ」
「うるさいな。帰んなよ。あれは、たまたま一緒にいただけじゃないか」
「でも…、パクられた。仲間だよ、あたしたちは」
「ごちゃごちゃ、うるさいんだよ」
怒鳴りつけた松本に由美子はもちろん周りの学生たちも気押されてしまい、後ずさりした。怒鳴られた女もあきれた顔をして、横を向いた。
「はいはい、そうしときましょ。でも、警察も学校もどう思っていることやら」
そう言うと背を向けながら、続けた。
「一応、言っとくわ。今日は、その用事で来たんだから。政岡さんが呼んでるわ。今晩、ジェネシスで待ってるって」
「関係ない、って言っときな」
「関係ないって、ねェ、一緒にパクられながら」
「あたしん家が、近くだったから、巻き添え食っただけじゃねえか」
「違うね。あんたも、遊んでたじゃないか、一晩じゅう」
「違う」
「違わない!誘われて、ほいほいジェネシスに来たじゃないか。あんたも、仲間だ」
「うるさい」
「いいよ、でも、政岡さんを、怒らすと、こわいよ。学校まで乗り込んでくるよ」
「そしたら、警察行きだ」
「あんたも、退学だ、こんなお嬢ちゃん学校なんかじゃ」
「帰れよ!」
にやりと笑みを返すと、軽く笑みを浮かべながら、
「今晩だよ。7時頃でいいって、お嬢さん学校へ行ってるお嬢さんだから。ジェ・ネ・シ・ス。いいね、伝えたよ」
「知るか」
松本はそう言い捨てると、すたすたと歩きだした。由美子も慌ててその後をついて行った。ねぇ、大丈夫なの、と問い掛ける由美子に松本は無愛想に何も答えなかった。それでも泣きそうな顔で問い掛け続ける由美子に、松本はぽつりと話し出した。
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