第5話 sideジェイク

 ――オーウェン様だったか。


「どうして自分がやったと言ったんだ?」


「それは」


 国王様の問いかけにお嬢様が視線を向けた相手を見て、私は悟った。

 しかも、オーウェン様の手の中にはお坊ちゃまがいる。

 頭にかっと血が上り、考えるより先、身体が動いた。

 男を地面に押さえつけ、お坊ちゃまを奥様に渡す。

 

 お坊ちゃまは、一瞬驚いた瞳を私に向け、それから火のついたように泣き出した。

 急に頭が冷えて、動揺した。

 怖がらせてしまっただろうか。――どうしよう。


 ――しかし、今は。


 はあと息を吐き、心を落ち着けてお嬢様を見る。


「お嬢様、この男でよろしいでしょうか」

 

 お嬢様はぽかんとした表情を引き締め、小さく頷いた。


「……っ」


 身体の下で男がもがく。国王様が呼んだので、ずるずるとこいつを引きずって玉座に連れて行った。


 ――王位をめぐる兄弟争いにお嬢様が巻き込まれたということだろうか。

 

 お嬢様をよく見ると、頬がやややつれていた。

 後ろを振り返ると、お坊ちゃまはまだ泣いている。

 腹立たしかった。

 そんなしょうもないことに、私のお嬢様や私の主人を巻き込むなど。

 それ以上に、自分に対しても怒りを感じた。


 オーウェン様の本性を見抜けなかったことに。


 穏やかな王子だと思っていた。

 将来王になり、様々な矢面に立つことなく、平穏に人生を生きてお嬢様と幸せに暮らしてくれそうな人物だと思っていた自分が馬鹿だった。


 もう一人、お嬢様が名前を告げたのはマーティン様の婚約者アリエッタだ。

 国王様の前でアリエッタが、「自分がやった」と言い出した。


 私はオーウェンを睨んだ。この場に及んで、言い逃れをする気か。


 そのまま竜に食べさせてやりたい欲求に駆られたが、息を吐いて堪えた。


『貴方はいつも一直線なのだから』


 かつてお嬢様――いや、マリーネ様に言われた言葉を思い出す。

 当時も――、考えなしに敵に突進して仲間には迷惑をかけたものだ。

 ジェイクとして、今世では学を身につけ、落ち着きを学んだつもりだったが、性分は変わっていないなと改めて反省する。


「ちょっと待ってください」


 お嬢様が発した声に、内側で葛藤していた私は顔を上げる。


「貴女は、マーティン様を殺せなかったんじゃないんですか?」


 私は思わず『マリーネ様』と呟きかけた。

 ああ、そうだ――、貴女はいつも、人の気持ちを考えている。


 アリエッタは、国王の前に頭を下げると、オーウェンと父親の名を告げた。


 周囲の騒めきが大きくなる。


 アリエッタの家、マッケラス公爵家は王族と血縁関係にある、古くから権力を持つ貴族だ。

 ――これは、王子の継承権云々の問題ではなく、公爵家とハウゼン家の問題でもあるのだろうか。

 ――他の貴族も、あるいは関わっている?

 お嬢様に罪を着せ、それがそのまま通ること自体がおかしいのだ。

 複数の人間が関わっているとしか……。


 そこまでで、私は考えることを止めた。


 ――どうでもいい。


 私の目的は、お嬢様が幸せであること――、そして、そのためには彼女の家族、私のご主人一家が幸せであることだ。


 どいつもこいつも、――その邪魔をするのは許されない。


「マッケラス公爵殿、その話は本当か」


 国王様が立ち上がり、マッケラス公爵の一族に近づく。衛兵が武器を構え、彼らの周りを囲んだ。


 私は立ち上がると、国王様に近づいて一礼をした。


「国王様、これでお嬢様、そしてハウゼン家が今回の件に関係がないということがお分かりになったかと思います。お嬢様を屋敷で休ませる必要がありますので、私たちはこれでお暇させて頂きます」


 そのまま聴衆の中で驚いた顔でこちらを見ている旦那様と奥様、お坊ちゃまのところに行く。


「騒ぎを大きくして申し訳ありません。お嬢様と一緒に屋敷の方へ戻りましょう。私がお送りします」


 後ろで首を床に降ろして、人間のやり取りを退屈そうに見つめる竜に視線を送る。彼はそれに気づくと、半分閉じていた瞼を持ち上げ、金の瞳を輝かせた。


 大人4人ならなんとか乗れるはず。


「ジェイク、お前は何者なんだ……」


 旦那様が混乱したように私を見つめた。

 お坊ちゃまは奥様の影からこちらを伺うように頭を半分出していた。


 少し……傷つくな……。


 詳しくは後で説明させてもらおう。

 

 少し俯いてから私は思い直して、旦那様の手を引いて竜の方へ歩み寄った。


「待ちなさい」


 国王様が私たちを呼び止める。


「何でしょうか」


「――君はハウゼン家の使用人だと名乗ったが――、その竜は、エリスがマーティンやオーウェンを治療した力は何なんだ」


「この四つの翼を持つ赤竜をご存じないですか。百年前魔王討伐部隊の先陣を切り、赤い流星と呼ばれた竜……クワトロを?」


 どよめきが玉座の間に響く。

 勇者、と誰かが呟いた。


「私はハウゼン家の使用人ですが、前世の名は――ルーカス、かつて勇者と呼ばれていましたが、私は本当の勇者ではない」


 そう、私は止めをさしただけだ。

 ただ生き残っただけで、勇者と称えられた。

 魔王が倒されたのは、全て彼女や――かつての仲間のお陰だ。


「お嬢様は、――お嬢様こそ、魔王を倒した聖女様の生まれ変わりです」


 聴衆から驚きの声が上がった。

 ここまで言ってしまったのなら――いい機会だ。

 私はそこに集まった貴族たちを睨んで告げた。


「私――?」


 隣で、お嬢様の当惑したような呟きが聞こえて、私は彼女を見た。

 ――癒しの魔法が使えたという事は、記憶を――マリーネ様としての記憶を思い出したのではないかと思っていたが……。


 また後で――、


 彼女に確認をしたかったが、私は言葉を飲み込んだ。

 今はとにかく、落ち着いた場所へ戻りたい。


「今後ハウゼン家に危害を加えようと思う者は――私がそれなりの対応をとらせて頂きます」


 事態が飲み込めていない様子の旦那様たちを竜の背に案内する。

 赤竜の四枚の翼のうち二枚で旦那様たちを包ませる。

 これで安定するはずだ。


 竜の首にまたがると、背中を叩いた。


「今回のことで、お嬢様たちは疲れていらっしゃいますので、早く屋敷に帰らせて頂きます」


 お嬢様の無実が証明されれば、王子の罪状などどうでも良い。

 それだけ国王様に告げて宙に舞い上がった。


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