第15話 大切なもの(1)宝石展示即売会

「うおお、凄い!テレビでしか見た事無いですよ!」

 悠花は興奮していた。

 ここはホテルの1室で行われる宝石の展示即売会の会場である。警備の依頼を受けた柳内警備保障だが、担当するはずだったチームのメンバーが交通事情で間に合わなくなり、急遽秘書課別室に回って来た仕事だ。

 招待状を持つ客しか入場できないため、比較的楽な仕事だとは思われるし、依頼した宝石商の方も、形だけは万が一のために、という姿勢だった。

 なので、展示の準備をしているのを見ている間、悠花や雅美や涼真が、輝きにうっとりとしたり値段に驚愕したりしていても、笑っているほどのんびりとした雰囲気だった。

「湊、湊!高いぞ、見ろよ!」

「ああ、そうだな」

「プロポーズの時、こんなの贈るのか?無理だよ。ボクはきっと一生独身だ」

「まあ、サラリーマン向けのお手頃価格のものもあるだろ、店には」

「そうかな。そうだよな。

 はあ。でもこういうの見ると、男は働いて働いて女に貢ぐのが一生なのかって気になって来たよ」

「相手次第だろ。しっかりしろよ涼真」

 店主は笑いをこらえているが、

「はい。今回は招待したお客様に合わせたものをお持ちしましたので。店舗には色々とございますから、ご安心を」

とセールスした。

「そろそろ時間だな」

「さあ、気を引き締めて行きましょう」

 湊が時計を見て言うと、雅美が表情を引き締め、涼真と悠花も気を引き締めた。

 とは言え、事件らしい事件が起こるとは、誰も想像していなかったのだった。


 着ている物、持ち物、何もかもが高そうだとわかる人達が、招待状を持って来る。そしてゲートで店員に招待状を渡し、にこやかに挨拶をかわして入室してくる。

 どの客も店のお得意様で顔見知りの、よく知った信頼できる人物ばかりだ。

 ゆったりと落ち着いた雰囲気の中、宝石を見て、時折店員と話をし、テーブルへ移動して契約書の作成を行う。

 湊達は威圧感を与えないように、部屋の周囲に控え、万が一に備えている。

(あ)

 悠花は、お婆さんがよろよろとしたのを見て、近付いて手を貸した。

「大丈夫ですか」

 和服を着た上品で落ち着いた老婦人で、孫娘と来たのだが、孫は電話が入ってロビーに出ており、老婦人が1人でブラブラと見て回っていた。

「ああ、すみません。ステッキがひっかかって」

 分厚いカーペットに、ステッキのゴムがひっかかって、けつまずきそうになったらしい。

「いえいえ。お気をつけて」

「ありがとう」

 老婦人はにこにこと頭を下げ、トイレに行こうとしたのか、ロビーへ出て行った。それを見てから、悠花も持ち場に戻った。

 騒ぎが起こったのは、しばらくした時だった。

 客の1人が、

「ピンクダイヤのネックレス、もう売れたのかしら。楽しみにしてたんだけど」

と店員に言った。

 言われた店員は、営業スマイルの下で、ドキッとした。

 そのネックレスは今回の目玉の1つであり、値段の方もそれなりにする。それが、見当たらないのだ。

 さっと商談テーブルを見るが、それで商談中の客はいないし、素早く確認しても、売買契約をかわした客はいない。

「店長」

 店長はにこやかに笑いながらその報告を聞き、営業スマイルの仮面を、一瞬真顔に戻しかけた。

「失礼します」

 そして、店員に伝言を回しつつ、湊達を集めた。

「盗難!?」

「シッ!」

 悠花は慌てて口を押えた。

「幸いお客様は誰もまだお帰りになっていません」

「でも、誰だろう?あんなの、目立ちますよね?」

 それは粒も大きく、まとめたとしても、握りこぶし1つでは収まらない。

 ポケットならかなり膨らむ。

「カバンか。手荷物検査をしますか」

 店長は考え、

「それもやむを得ませんか。しかし、長くお付き合いいただいているお客様ばかりで、疑いをかけるのは……」

と煮え切らない。

「金属探知機にも引っかからないしな。

 じゃあ、X線は」

「機材をすぐに持って来てもらいましょう。ゲートに設置して、帰りに荷物を通してもらうというのは」

 湊が言うのを雅美が後押しし、仕方がないと店長が納得しかけた時、悠花が会場を見て呟いた。

「あれ?あの人、変わってる……」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る