第14話 守る(5)続く襲撃
車は目的地を目指し、ルートを戻した。
泊まる場所を変えるにも、一度は家へ戻って準備が必要だと有紗が言うので、マンションへ戻る事になっていたのだ。
「大丈夫そうですね。もう着きますよ」
悠花が泣く有紗をそう宥めるが、ここに湊がいれば、悪意の気配を感じ取って「まだだ」と言っただろうか。
目と鼻の先というところまできて、突然、車は止まる事を余儀なくされた。
「何で!?」
前に大型のバンが道を塞ぐように止まり、背後には先程とは別の車が付いて来ている。
「涼真君、すぐにバックでこの場を抜けて行きなさい。いいわね」
言いながら雅美が車を降りて行き、涼真はすぐにドアをロックして、車を後ろへ猛スピードで走らせて背後の車の横をすり抜けた。
そこで急ブレーキを踏んでターンをし、走り去る。
「保脇君!?」
「大丈夫だから!」
涼真は言って、奥歯を噛み締めた。
その後は急いでそこを離れ、マンションへ駈け込む。
そして鍵穴に鍵を突っ込んだ時、悠花の悲鳴が上がった。
「ああっ!?」
ゆらりと青年が現れた。階段で待っていたらしい、益田だ。
「おかえり」
「早く!急いで!」
有紗は震える手でガチャガチャと鍵を回し、ドアを開ける。
益田はゴルフクラブを手に近付いて来、
「俺の有紗だ!」
と殴り掛かって来るのを、辛うじて涼真が特殊警棒で受け止めた。
「早く入って!」
「はい!」
悠花が有紗を押し込むようにして部屋へ入り、鍵をかける音がした。
「有紗ァ!!出て来いィ!!」
「黙れ、くそが!」
ゴルフクラブが何度も何度も振り下ろされる。
それをどうにか除け、受け流し、涼真はしのいでいた。
何度かは腕や肩をかすり、腕が痺れて来た。
「どけ!
出て来い有紗!」
叫びながら暴れる益田に、爽やかな青年実業家の面影はもはやない。
何事かと近所のドアが開きかけたが、
「危ないから出て来ないでください!」
と涼真が叫ぶと、慌てて中に引っ込む。
(くそ!湊か雅美さんなら、こんなやつ叩きのめせるのに!)
涼真は額を切られて流れ出て来た血が顎へ伝うのを感じながら奥歯を噛み締めた。
(イチかバチか捨て身で殴り掛かるか?肩――いや、側頭部を狙って)
考えたところで、湊に言われた事を思い出した。
襲撃された時、ボディーガードのする事は、犯人を叩きのめす事じゃない。対象の身の安全をはかりつつ、援護または警察の到着まで粘る事だ。
益田は歯を剥いて叫んだ。
「邪魔するな、このクソが!」
そして、ゴルフクラブを思い切り振りかぶる。
「クソはお前だ!」
涼真はひょいと横にかわし、警棒を益田の肩に叩きつけた。
「痛えな!」
「お前が言うな!」
益田はゴルフクラブを再度振り上げたが、それを見ながら涼真は笑った。
「遅いんだよ」
湊の廻し蹴りが、益田の側頭部にきれいにヒットした。
「悪いな。道が混んでたんだ」
涼真は笑い、ずるずると座り込んだ。
駆けつけて来た警察官に益田は逮捕され、襲撃してきた奴らも、カメラ映像が証拠となって逮捕された。
そして事件の事は派手に報道されたので、これ以上の襲撃は起きないだろう。
涼真は多少打撲などは負ったが、それほどのケガはしないで済んだ。
「ありがとう。保脇君」
「仲川さんが無事で良かったよ」
有紗は涼真がそう言って笑うのに、困ったような顔をした。
「ごめんね。私……」
「気にしない、気にしない。これがボク達の仕事だからさ。
それより、仲川さん。実家に帰るんだろ?仕事、せっかく慣れてきたところだったのに、いいのか?」
有紗は頷いた。
「やっとうちの家族も私の言ってたことが正しかったってわかってくれて。心配して、帰って来いって。私も、何だか疲れちゃって。実家の方で、仕事を探すわ。
別にやりがいとかなかったしね。ただ、大きい会社を受けて、入社試験に合格したってだけだから」
サバサバとしたように言って、笑う。
「じゃあ、元気で」
「ええ。保脇君もね。皆によろしくね」
そう言って手を振り、有紗は北海道へ旅立っていった。
「涼真君、良かったの?」
それを覗いていた悠花が出て来て声をかける。
「うわあ!え、見てたの!?」
ウフフと笑いながら、雅美が湊の手を掴んで柱の陰から出て来る。
「うわあ。皆……」
湊は面倒臭そうな顔をしていたが、悠花と雅美は笑っている。恋バナに萌える乙女の顔だ。
「何で引き留めないのよ」
「そうですよぉ。『ボクが有紗の心の傷を癒したい』とか」
「きゃああ、いやあん」
湊と涼真は嘆息した。
「いいんです。もう、帰りますよ」
「ええ~」
「ええ、じゃないです。ボクは童顔の彼女を探せって振られてるんです」
「わかんないじゃない。ねえ、悠花ちゃん」
「ねえ」
まだ盛り上がる2人に続いて歩きながら、湊が言う。
「まあ、今の涼真を、童顔云々を言わなかったとは俺も思うけどな。お前は誰が見ても、立派な男だ」
「え」
湊は言うだけ言って、スタスタと2人に追いついて行く。
「何て……おおい、湊!もう1回!」
「嫌だ」
涼真は湊に追いついて、4人仲良く、歩き出した。
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