譚ノ七

 煉が呼びに行った医者や看護師達が満花を病院内へ急いで運んでいく。

 夜中に何故、病院にいたのか。

 満花をどういう状況で発見したのか。

 事情を説明し、今は病院を出て帰路についている所である。


「ねぇ、煉。ボクは思うんだよね。“人”だから“人”として在り、生きて、死んでいく方がいいって。やりたいことがまだあるから、死にたくないからという理由だけで“人ならざるモノ”になるもんじゃないと」


 きっと後悔するだろうから、と紫月は口にする。

 そこで紫月は煉を振り向く。


「煉。“人”じゃないからというのは、何においても理由になるんだろうか?」

「……さぁな。少なくとも“人”でない以上“人”とは生き方も生の長さも違う。いちいち理由を気にしなくてもいいだろう。昔……まだ“人”だった俺にお嬢がそう、言っただろう」

「そういえばそんなことを言ったことがあったかもね。そうキミも、そういう“人”だった。そう。“人”から“生成り”となり、“人”を捨てて“人ならざるモノ”になれた側の“人”」


 紫月の言葉に、煉は答えない代わりに考える。

 彼女はどうなるのだろう。

 特に誰かを傷付けたわけでもないから今までの“鬼”によって“人”を殺したり傷付けたりしてきた“人”のように“人”の法律で裁かれることはないだろう。


「お嬢。あの娘はどうなるのだろうな」

「さて。“鬼”はボクが喰べたのだから、大丈夫だろう。病のことに関しては専門家ではないもんでね。少なくとも、彼女は死ぬかもしれないと思い込んでいたけれど死ぬ可能性が低い病かもしれないし一生治ることのない病かもしれない」


 何にしても後は“人”の仕事だと紫月は言い切る。


「ボクが“鬼”を喰った後、どうなるのか……未来はその“人”の心次第さ。さて。義理姉様に報告に行こうか。どうせ、この時間だ」


 と紫月は懐中時計を取り出すと、時刻は午前二時。

 義理姉である綺羅々は、きっとまだレイキ会にいるだろう。


「葉山のじっ様のことと、今回のこと、終わったって報告しないとね」

「本当に今回は珍しいこともあったものだな。自分から報告する為にレイキ会本部に行くとは。アイドル番組を見たり、いつもならば夜中に帰ってくるのに早めに帰ってきたり、報告なども全て俺に丸投げをしているのに」


 煉がそう言えば、紫月も言葉を返す。


「そういう気分なだけさ。割合的に夜中に戻ることが多いだけで。それに、たまには顔を出さないと、ボクですら義理姉様に何をされるか分かったものじゃないからね」


 そういうことにしておこう。

 午前二時の生ぬるい風が吹く中、紫月と煉は揃ってレイキ会の暖簾をくぐったのだった。


「―――と、いうわけで終わったよ。義理姉様」

「ご苦労だった」


 やはり、義理とはいえ姉。紫月には少し、甘いと思う。

 他のモノにも少しぐらい労わる心を持ってくれれば良いのだが基本、男は下僕と考えている節が包み隠さず全面に出ている綺羅々。

 長い間、そう考えているのだ。

 今更考えが変わるわけがないだろう。とにかく、こちらに被害さえなければそれでいい。


「それにしても、矢の催促をするほどだなんてよっぽどのことがあったのかな? それともこれから起こるのかな?」

「どちらもない。“人”には死に過ぎてもらっても困るのでな。今回のように“人”死にが出ていないのならば、他のことで何かあった時には早急に動けるようにしておけ。それでなくとも其方は連絡がつかんことが多いのだからな。鎌鼬が倒れようが何だろうが私は蹴り起こすだけでなく尻も蹴り上げるが、口で死ねと言っても本心ではないからな」


 長い銀髪の若い女―――彼女こそが紫月の義理姉である綺羅々である。


「わぁ。嘘くさーい。義理姉様の言動は本心だと思ってたよ」

「……各所からの報告でな。やはり、今の時代は“鬼”が増えているそうだ」


 紫月の言葉は流し、溜息と共に綺羅々は美しい銀の髪を弄る。


「そうだね。見境がない場合も多いかな。誰でもいいからって簡単に“鬼”に心を許してしまう。本当だったら我慢できるはずなのに、ふとした瞬間に―――ってね」


 遥か昔の“鬼”に比べたら性質が悪くなったと言えるだろう。

 過去にも無きにしも非ずではあっただろうが。


「とりあえず義理姉様。葉山のじっ様は無事退院したし、“鬼”も喰べたし、今日はもういいかな?」

「あぁ」


 そうして紫月と煉は邸に戻る。

 時刻は午前三時。


「さて。もうこんな時間だ。仕事終わりの酒でも飲もうか」

「お嬢。飲みすぎはよくない」

「お仕事したんだもん。自分へのご褒美だよっ」


 うきうきと彼女は台所へ入り、氷水とお気に入りの酒を瓶ごと持ってきて、銚子に注ぎ込み氷水に銚子をつける。

 きっと朝まで飲んで昼過ぎまで眠るというパターンだろう。

 相変わらず、一日の生活時間が統一されていない。


「ほら、煉も」

「そうだな。たまには付き合うとするか」

「あっ万願ノ寺唐辛子! 万願ノ寺唐辛子焼こうよっ。加茂ノ茄子と」


 煉は頷き、冷蔵庫から万願ノ寺唐辛子と切った加茂ノ茄子を持ってくる。

 一方の紫月は七輪の火を起こす。


「お疲れ様~」

「あぁ。今回もお疲れ様だ。お嬢」

「んっ、美味しい! さて……次はどんな“鬼”が出るんだろうね」


 楽しみだ、と笑う紫月に、煉も頷いて冷えた酒を流し込むのだった。

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