小話・人の命を救うこと

 人の命を救うこと。それが己の使命であると強く感じるようになったのは、父と共に辺境の村を訪れた時だった。

 その村は紛争地帯に位置しており、酷い有様だったのをよく覚えている。

 何の罪もない人々が半壊した建物の中に籠っていた。彼らの手には農具が握られており、略奪を目的とした兵士がやって来たと勘違いしていたらしい。女子供を奥に押し込め、男たちが覚悟を決めた目でこちらを睨み付けていた。

 薬師だと説明すると、彼らは目に涙を浮かべて喜んだ。


「びょうきとかけがをなおしてくれるの? おじさんたちはせいじょさまなの?」

「いいや、違うよ。私とランドルフはお薬屋さんなんだ」


 質問をした子供にそう答えたのは父だ。この地では人々が苦しんでいる時、癒しの聖女が現れるという伝承が残されていたらしい。

 癒しの聖女なんて現れたとしても、どうせ国の所有物に成り果ててしまう。彼女たちは自らの力を裕福な民や宮廷の人間のために使い、このような人々の下には現れない。たとえ聖女自身が望んだとしても、国家がそれを許さなかった。いざという時、自分たちを癒す力が残っていなければ困るからだ。


「大丈夫。僕たちがあなたたちを治してみせます」


 けれど、自分たちがいるのだから聖女など必要ない。

 ランドルフは衰弱し、痩せ細った村人を元気づけるように微笑んだ。




(懐かしいねぇ。あの頃は聖女様なんて役に立たないって思っていたけれど)


 薬師ギルドにある執務室でランドルフは過去を思い返していた。数十年前の記憶を鮮明に思い出すことが出来るのは、この体になったせいかもしれない。

 先日発生した毒騒動の報告書は纏め終わった。あとはこれを宮廷に提出するだけである。

 国王はさぞや驚愕することだろう。何せ、神水に含まれていた毒による死者がゼロだった最大の理由が、聖女なのだから。

 宮廷はこの件で、癒しの聖女を欲するようになるだろう。しかし彼女を引き渡すつもりなどランドルフには毛頭なく、本人もそんなことなど望んでいないはずだ。

 そこは温厚かつ善良な国王なので、理解してくれると信じたい。


「……癒しの魔法かぁ」


 もっと早くヘルバが現れていれば、救える命はもっと多かったはず。一瞬でもそのように考えてしまう自分に、ランドルフの口元が嘲笑で歪む。

 肩の辺りに手を伸ばすと、ひんやりとした感触があった。振り向けば、そこには黒髪の女がいるだろう。

 彼女は神の使いで、ランドルフに『二つ』の呪いを与えた張本人だった。


 一つ目の呪いは、ランドルフの時間を奪うこと。

 二つ目の呪いは、ランドルフの時間を止めること。

 止める。それはつまり、若返ったこの体はこの先老化もしなくなるというものだった。

 簡単に言ってしまえば、死ねなくなったのだ。


(我ながら無茶をした)


 かつて魔導書で神を呼び出し、ある『願い』を打ち明けたところ傲慢と言われて呪いを受けた。

 当初は神の理不尽な呪いに怒りと悲しみを覚えたものである。どうにか死ぬためにあらゆる毒を試した時期もある。それでも死ぬ程苦しい思いをしたのに、死ねなかった。

 その助手をしていたアーヴィンには申し訳ないと思う。解毒薬の効力を確かめるためと称し、服毒を繰り返していた自分を見てきたせいか、息子は少し無茶をするような性格となった。苦しい思いをして他者を救うのが薬師だと、歪んだ考えを根付かせてしまったのである。


 そんな息子がヘルバと出会ったことで、少しずつ変化してくれればよいのだが。そう願いつつ、ランドルフは椅子に腰かけた。


(ヘルバさんは強い人だ。私(・)とは違う)


 医学、薬学の力に限界を感じ、治癒の魔法を求めた。自分がその力を手に入れれば、死の淵に瀕した者たちも救える。本気でそう思ったからこそ、召喚した神にそう訴えた。

 そして、神の怒りを買った。


 ヘルバと出会い、自分にはあのような力を持つ資格などないと悟った。何もかもを治せてしまう魔法があれば、きっと驕り高ぶる人間になっていたかもしれない。

 全ての薬師や医師を見下す。そんな愚者になるくらいなら、こんな体で生き続けていく方がよほどいい。


 ……もしかすると、ヘルバは聖女どころかもっと偉大な存在であるのかもしれないが。あの魔力の量は明らかに人間離れしているのだ。


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癒しの聖女の正体は肉食系~ツンデレ薬師(公爵令息)に執着されているようですが、私はお肉が食べたいです~ 硝子町玻璃(火野村志紀) @haripoppoo

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