第43話・悪鬼
近頃、フィオーナ王国やその近隣諸国では不可思議な出来事が起きていた。
犯罪組織が次々と壊滅しているのだ。それも恐らくは同一人物の手によって。
その者は組織のアジトを探し当て、素手でアジトに居合わせた者たちを叩きのめすという。
黒いフードを被っているため姿は確認出来ないが、声からして女であると推測されている。
そして一週間前、白昼堂々誘拐されたレムリア家の長男アーヴィンと長女イリスの行方を知らないかと訊ねるらしい。
知らないと答えればそのまま去っていくのかと思いきや、身動きが取れないよう両手足を縛られて、その国の城周辺に投げ捨てられる。
罪人が多すぎて牢屋が足りず、無理矢理押し込めている国もあるそうだ。
フィオーナ王国でも哀れな姿となった組織のメンバーが、城の裏口に捨てられていた。女児をターゲットにしていた奴隷売買を行っていた一味で、女王の悩みの種の一つだった。
(ただ、やはり気になる。一体何者が組織を荒らして回っているのか……)
家臣が纏めた報告書に目を通し、フィオーナ王国女王システィーヌは口元に手を当てた。
国を越えて悪逆非道なる者たちを裁きを下す女。その目的がレムリア家の令息と令嬢を捜すことだとしても、人々にとっては救世主のような存在だ。
事によっては高名な貴族が少なからず関与しており、民が組織の壊滅を訴えても中々腰を上げようとしない国家もある。そんな彼らに代わって、平穏を脅かす悪党を闇の世界から引きずり出す。そんな彼女を『正義の聖女』と呼び讃える声も増え始めていた。
レムリア家の関係者である可能性は高い。そこでレムリア家に関する情報の提示をゴーニック王国に要請したシスティーヌだったが、返って来た答えは『否』だった。レムリア家の当主であり、薬師ギルドの長であるランドルフ・レムリアがそれを拒否したのだという。
ゴーニック王国は他国に対しても同様の対応を取っている。
(もしや……)
女は拳で剣や斧を砕き、弓矢を正面から弾き飛ばすような化物じみた力を持っているらしい。
システィーヌには心当たりが一つあった。あの癒しの聖女である。
彼女は治癒の魔法に優れていたが、尋常ではない怪力の持ち主でもあった。鉄格子を曲げて牢屋から脱出しているのだから。
ゴーニック王国で発生した毒騒動事件で、解毒の魔法を使う聖女がいたという噂もある。
生きていてくれたかという安堵と、復讐のためにフィオーナ王国を潰すのではという不安がシスティーヌの中にはあった。
王族の誇りと評価を守るため、彼女の名を穢してしまった。国の恩人だというのに……。
(彼女の怒りを鎮めるため、命を捧げる覚悟はしている)
予知の聖女ハイドラは断片的なものであるが、未来を視る力を持つ。
それによると、ヘルバは近い将来何らかの理由でフィオーナ王国にやって来る。
そして、怒りに任せてこの国を滅ぼそうとするのだという。このことはシスティーヌしか知らない。
ハイドラはその前後に何かが起こるのか、視ることが出来なかったらしい。それ以上の未来が視えない。それはつまり、自分の死を意味するのだとハイドラは静かに語っていた。
未来は変えられない。ハイドラは悟った表情で言っていたが、それでも抗わなければ何の罪もない民が大勢死ぬ。
最悪の結末を回避するためなら、この首を彼女に差し出すつもりだ。勿論、あの馬鹿息子の首も。
「甘やかして育てたつもりはなかったけれど……」
自分以外は誰もいない部屋で呟く。
エリックは異常なまでにプライドが高く、けれどそれに見合うだけの努力も経験も知恵も足りなかった。
今でも王太子を名乗り、自分の世話役たちに対してふんぞり返っているらしい。だが、村人の前には姿を見せようとはしない。心のどこかでは自分の立場を理解しているのだ。
「陛下、陛下! 火急の件でございます!!」
声の主は側近だった。入室を許可すると、彼の後ろには他の家臣たちの姿もあった。
皆、絶望に染まり切った顔をしている。
「エ、エリック様がお戻りになられたのですが」
「エリックが? 用件は聞きましたか?」
「それが『聖女ヘルバを連れ戻すための道具を用意したのだ』とおっしゃって……その……」
「一体何を用意したと言うのです」
言葉にするのも躊躇われるのか言い淀む側近に、システィーヌは続きを促した。
すると、意を決した彼は慄(おのの)きながら説明をする。
それはフィオーナの女王を驚愕させ、立ち眩みを起こさせるほどのものだった。
「エリックは今どこにいるのですか!?」
「玉座の間でございます……」
目眩で倒れている場合ではなかった。足早に玉座の間に向かうと久方ぶりに見る息子の姿があった。
その傍らには後ろ手で縛られ、口に猿轡をはめられた青年と少女。二人を取り囲む人相の悪い男が数人。
青年は息子を鋭く睨み付け、少女は怯えた表情で震えていた。
「母上! ヘルバはこのレムリア家の者たちと交流がありました。こいつらを餌にすれば、彼女は必ずやって来ることでしょう!」
エリックは絶句する母親に自信に溢れた声で言い切った。自分がどんなに愚かで恐ろしいことをしているのかなど、理解もしていないのだろう。
システィーヌは自らの息子が悍ましい悪鬼に見えた。
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