第40話・戦利品でのパーティー
ようやくレムリア家に平穏が訪れるようになったある日。早朝から使用人が慌ただしく動いていた。
何かあるのかと訊ねたヘルバは、返って来た答えを聞いてガッツポーズを決めた。
中止になったと思われていたバザー後のパーティーが開かれることになったのだ。
「……ってあれ? でも、買ってきたのって食べられなくなっているんじゃ」
ヘルバの疑問はすぐに解けた。キッチンの隅に置かれた大きな銀製の箱。開けてみると、そこにはバザーでヘルバたちが買ってきた食べ物が保管されていた。
しかも不思議なことに、かなり時間が経っているはずなのに腐っている様子はない。
いや、それどころか温かな料理は未だに熱を持ち、冷たい料理や菓子はひんやりとした冷気を纏ったままだ。
どうやらこの箱に秘密が隠されているらしい。けれど、使用人たちもどのような原理によるものなのかは知らされていないらしい。
「ランドルフ様が『便利そうだから買ってみたよ~』と持ち帰って来られたのです。恐らくは魔石が内蔵されているものと思われますが……」
「錬金術でこんなにすごいのが作れるのかなぁ……」
防腐というよりは、時の流れをピタリと止めているかのようである。いくら魔石を用いているとしても、人間の力で作製出来るのかと、ヘルバは首を傾げた。
ただ色々とドタバタしていて、お流れになっていたと思っていたパーティーが開ける。嬉しい。思わず小躍りしてしまう程に。
「君は今日も楽しそうに生きているな」
アーヴィンに目撃されて、そんなコメントをいただいた。楽しく生きて何が悪い。
パーティーは庭園で開かれることになった。用意されたテーブルに料理が載せられていく。
ヘルバが買ったのは大半が肉料理だ。皆も同じのを買っていたらどうしよう……と心配するヘルバだったが、杞憂に終わった。珍しい野菜を使ったサラダやソテーなど料理や、魚介類の料理も多い。
肉は聖女が大量に買って来るだろうから、他の者はそれ以外の店を攻めていこうとあらかじめ予定を立てていたらしい。
そして見事に策が成功している。ヘルバの思考を読んでいた彼らの完全勝利だった。
「昔は植物ってあんまり好きじゃなかったんですよね。食べ応えがないからちょっと切ない気持ちになってしまって」
「よかったな。君以外の使用人のおかげで野菜料理もたくさんある」
「だから最初はビーフシチューを食べます! 何だか野菜が柔らかそうで美味しそうですし!」
「肉も入っているな」
アーヴィンの生温かな視線を無視して、ヘルバは器に盛り付けられたビーフシチューに夢中だった。
濃厚な赤茶色のソースでじっくりと煮込まれた牛肉はとろとろで、けれど大きめに切られていて食べ応え十分だ。野菜も予想通り柔らかくて美味しい。
ビーフシチューはレムリア家の食卓にも登場するが、今食べている方が肉の旨みを感じる。何でも、このビーフシチューを作るためだけに育てられた牛の肉を使っているのだとか、そりゃ味が別格なわけだ。
至福の一時を堪能していると、アーヴィンが白い液体を持ってヘルバの下に戻ってきた。
「これをかけると味の変化が楽しめるらしい」
「え? それは牛乳じゃないですか!?」
「いや、ミルククリームの素(もと)のようなものだ」
ヘルバの知るミルククリームとは空に浮かぶ雲のように、ふんわりしていて甘いものだったはずだ。まあ、変なことにはならないはず。
ヘルバはアーヴィンの言葉を信じて、ビーフシチューに少量のクリームを垂らした。
「……んん! これは新たな発見……!」
深い味わいのソースにクリームのまったり感が加わり、優しい味になった。
味に疲れたら、これで味変をするのもよし。元からクリームを入れてまろやかにするのもよし。
幸せそうに食べているヘルバを見て、アーヴィンが口を開いた。
「この食べ方は他国で最近流行っているらしい。うちのシェフも今度試してみるそうだ」
「ふはー」
日々料理文化は進化し続けているということだろう。
「アーヴィンさんは何を食べているんですか?」
「燻製肉のステーキだ」
アーヴィンの皿には一口大に切られた分厚いベーコンが載せられていた。いい具合に焼き色がついており、粒々入りの黄色いソースで食べている。
「チーズのソースですか?」
「いや、粒マスタードだ。酸味と辛味が肉の脂を中和してくれるから食べやすい」
美味しそう。あとで食べてみようと心に誓った時だった。
「……?」
「どうした?」
急に周辺を見回したヘルバに、アーヴィンが声をかけた。
「誰かに見られている気がしたんですけど……」
「君の食べっぷりを見ていたんじゃないのか?」
「そういう感じでもなかったような……」
言葉で説明するなら、『見張っている』ような視線だった。楽しい気分に水を差さないでくれと、視線を感じた方向を睨み付けるとすぐに消えたが。
「何だろ、今の」
恐らくだがその視線はヘルバではなく、隣にいるアーヴィンに対して向けられていた。
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