第39話・騒動の後始末
不機嫌そうに眉を顰めたアーヴィンが起きて来たのは、翌日の早朝だった。
「息子に睡眠薬を盛る親がいてたまるか」
ランドルフとレイアを睨んで抗議していたが、二人はにっこりと笑って流した。強者の風格。
イリスは頬を膨らませて兄の無茶な行動を咎めていた。解毒薬の効き目を確認するために自らも毒を飲んだと聞いた時は、驚きすぎて気絶するかと思ったそうだ。
「しかも、その後で普通に動いていたなんて……どうしてそう無茶をなさるのです!」
「……無茶などしていない」
「しーてーまーしーた! もう、ヘルバ様からも何とか言ってあげてください!」
「えっ、私?」
急に話を振られても困る。……のだが、イリスの頼みを断るわけにもいかない。
ヘルバは数秒悩んでから口を開いた。
「イ、イリスさんの言う通り、あんまり無茶をするのはよくないかと……ほら、アーヴィンさん一人の体じゃありませんし」
「げほっ」
「かふっ」
アーヴィンとレイアがほぼ同時に噎せた。駄目だったか!? と自らの失言を瞬時に悟ったヘルバに、ランドルフが優しい笑顔で声をかける。
「ヘルバさん、それじゃあ妊婦さんに対する言い方だね」
「あっ、そうでした。アーヴィンさんは出産のご予定はなかった……」
「そうだよ~」
「やめろ! 俺が産めること前提で話を進めるのはやめろ!!」
呑気に会話を続けるヘルバとランドルフの間に、アーヴィンが割って入る。
朝だというのに騒がしい食卓に、柔らかな笑い声を零したのはエレナだった。イリスがこてんと首を傾げる。
「おばあ様?」
「変わったわねぇ、少し前まではもっと物静かで大人しい子だったと思うわ」
「……俺は何も変わっていません」
アーヴィンは素っ気ない物言いをすると、ヘルバに指を差した。
「これが来て屋敷の中がうるさくなっただけでしょう」
「勧誘したのアーヴィンさんでしょうが」
アーヴィンが元気なことで、エレナやイリスが喜ぶならそれはそれでいい。時折無茶をしやすい性格は治すべきだと思うが。
それから一週間、レムリア家は修羅場期に突入した。
毒騒動の報告書の作成、ストックがなくなった解毒薬の精製、魔物の血による毒についての文書を医師や薬師に配布するなど。とにかくやることが多かった。
解毒薬に使う薬草はトパーリオという黄色い花を咲かせる種で、煮詰めると水が山吹色に染まった。
「また先日のような事件が起こる可能性はいつだってある。だから備蓄はすぐに補充しなければならない」
「この種類の解毒薬はほぼゼロになったんでしたっけ」
「そのような時に同様の中毒者が出れば、今度は対処し切れなくなる」
鍋の中身を掻き回しながらアーヴィンが答える。
使用人の中には、あまり急ぐ必要がないのではと言う者もいた。あの毒は数時間程度で症状が治まる上、成人であれば命を落とす程の力は持たない。
少しずつ精製しても大丈夫だろうから休んで欲しい。使用人にはそんな思いがあったのだろう。
だが、アーヴィンは首を縦には振らなかった。
「命を落とさなければ、いくら苦しんでもいいという話でもないからな」
休息を勧めてくれた使用人にも、似たことを言っていた。ヘルバはそれを思い返しながら、薬液を型に流し込んでいく。
行きすぎた部分もあるが、アーヴィンは善人だ。薬師だからではなく、アーヴィンだからこそ優しいのだ。そのくせ自分にはこれっぽっちも優しくない。
「おい、黙って俺に魔法をかけるのはやめろ」
「バレましたか」
「当たり前だ。先程から全く疲労を感じないからおかしいと思っていた」
気付かれないようにこっそり使っていたが、やはり誤魔化せなかった。二、三歩後ろに下がり、「もう魔法を使いません」アピールをすると、アーヴィンがヘルバに手を伸ばした。
しかし、むっと顰め面をしてすぐに手を引っ込める。
「君はレムリア家の専属聖女ではないだろう。魔法をかけるなら、その前に対価を要求しろ」
「じゃあ、肉で」
「君は本当に欲がない。だから、面倒な男共に狙われやすいんだ」
それは某エリックのことだろうか。ランドルフが撃退してくれたおかげで、あれ以来奴は現れていない。
「エリ何とかは、もう来ないかもしれないから大丈夫ですよ」
「君に執着しているのは、奴だけとは限らないぞ」
「エリ何とか2号がいるってことですか!?」
あんなもん何人もいてたまるか。戦慄するヘルバだったが、それを見たアーヴィンは視線を逸らして小声で呟いた。
「……その呼ばれ方はあまり気分がいいものではないな」
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