第37話・薬師ギルドとフィオーナ

「何だ、この子供は」

「レムリア家の者だよ。君は?」

「僕はフィオーナ王国の王太子エリックだ。君のような子供でも僕がどのような存在か理解出来るな?」


 にやりと笑い、エリックが名乗る。

 うわっ、とメイドが顔を引き攣らせたが、ヘルバもひりつく空気を感じていた。


「わぁ、すごいお方だ! 将来王様になる人とお会い出来るなんて嬉しいな」


 そう言って煽(おだ)てるランドルフの声はとても無邪気なものだった。彼の正体を知らなければ王太子との出会いに、はしゃぎ喜ぶただの少年にしか見えないだろう。

 しかし、全てを知っているヘルバたちからすれば、恐怖の光景である。


「王太子様はどうしてヘルバさんに会いに来たの?」

「彼女は僕の妻となる者だ。だからこうして遥々迎えに来た」

「でも、ヘルバさん嫌がっているみたいだけど」


 無知な子供を装ったランドルフが指摘すると、エリックは腕組みをして深く息を吐いた。


「そうなんだ。久しぶりの再会だというのに、僕の言葉を素直に聞いてくれなくて困っている。君からも何とか言ってやってくれないか?」

「そうだねぇ。駄目だよ、ヘルバさん」


 ランドルフが苦笑気味にヘルバへ言葉をかけた。


「こういう子は痛い目を見ないと、自身がどれだけ身の程知らずなのかも理解出来ないんだから」


 場の空気が凍り付く。思わず硬直するヘルバに、怯えたメイドたちがしがみついた。

 誰もが予想していなかった遠回しの暴言に、エリックが目を丸くしている。が、すぐに顔を真っ赤にしてランドルフを睨み付けた。


「何と無礼な子供だ! 親を出せ、親を!」

「うーん、父さんはもう亡くなっているし、母さんに君みたいな人間を会わせたくないし」

「母親でもいい! 父親が死んでいるということは、母親がこの家の当主なんだろ!? 額を地面に擦り付けて謝罪させてやる!!」

「ううん、当主は僕だよ。ランドルフ・レムリアって知らない?」

「ふん、他国の貴族など興味はない。妄言を吐く子供の家だ。どうせ弱小一族に決まっている」


 エリックに決めつけられ、ランドルフはうーんと小さく唸ってから、口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「じゃあ、薬師ギルドのギルド長って言えば分かるかな」

「そんなの分かるはずが……薬師ギルド?」


 エリックの顔色が変わった。どういうこと? と首を傾げていると、ランドルフがエリックを見上げながら淡々と言葉を紡いでいく。


「ゴーニックの薬師ギルドは他の国に薬や栄養剤を売っているんだ。そのうちの一つがフィオーナ。特に栄養剤はとても重要で……うん、その反応を見る限り理解出来てるみたいだね」

「ま、待て、さっきまで僕が言ったことは……」

「フィオーナは昔長期化した戦争の影響で大気汚染が酷くて、病や栄養失調によって死亡する平民も多い。薬を作ろうとしても植物があまり育たないから作れない。だから、うちで作ったものを売っているんだ。そのおかげで死亡率が減ったんだよ」


 笑顔のランドルフに対し、エリックはすっかり青ざめていた。

 この国の薬師ギルドはフィオーナ王国にとって重要な存在だ。そのギルド長や、その使用人たちに無礼な態度を取ったのである。

 それが何を齎すのか悟ったエリックは、焦燥感に駆られながらランドルフに詰め寄る。


「ま、まさか販売をやめると言い出すんじゃないだろうな? それは困る! 大勢の民が死ぬかもしれない。お前は大量虐殺者になるぞ、それでいいのか!?」

「嫌だから、やり方を変えようかな? たとえば君のような偉い人たち以外に行き渡るようにするとか」

「な……っ」

「王族や貴族は平民に比べていつも元気だから」

「選ばれた者である僕たちに苦しめというのか!?」

「どうせ平民に配る分をこっそりくすねて蓄えているでしょ? それで我慢しなよ、男爵様」


 穏やかな声で呼ばれ、エリックは奥歯を噛み締めた。

 そしてヘルバを睨み付ける。


「いいか、ヘルバ! 君は俺の物だ! 絶対にフィオーナに連れ戻してやる!」

「やれるもんならやってみてください。そん代わりどうなっても知らんので」


 ヘルバは動揺することなく、即座に言い返した。


「くそ……くそくそくそ! ランドルフとか言ったな!? お前から不当な脅しを受けたと、ゴーニックの国王に抗議するからな!」

「うん、僕もうちの可愛い使用人が変な男にストーカーされてますってお悩み相談するから」


 ランドルフがひらひらと手を振りながら言うと、エリックは地団太を踏んで屋敷を飛び出して行った。外から「エリック様どうなさいました!?」と声が聞こえる。


「すみませんでした、ランドルフさん」

「いいよいいよ。でも、あの子結構ねちっこそうだから気を付けてね。まだ君のことを諦めてないと思うよ」


 ランドルフの言う通りだった。最後に見たエリックの顔からは強烈な執念が感じ取れた。

 自国のためにも、もう拘わらないでくれ。そう思っていると、こっそり様子を窺っていたらしいイリスがヘルバの体にぎゅっと抱き着いた。

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