第31話・最悪の再会
犯人は元錬金術師で、目立った功績を残すことが出来ずに廃業。それからの人生は散々なもので、最終的には盗人に成り果ててしまったのだという。
今回使われた毒液の魔石は自ら作成していた。当初、薬師たちの依頼で孤児院の如雨露に填めたのだが、報酬が貰えなかったことに腹を立てた。
そして、薬師としてのプライドをずたずたに引き裂くため、水の魔石に毒液の魔石を融合させてしまった。
これが事件の経緯である。目的はあくまで薬師に対する『嫌がらせ』だったので、暫くすれば効果が消える毒を使用していた。だが、それはあくまで健康体の大人が飲めばの話だ。子供や老人、元々病弱な者たちは早急に手当てを施さなければ危険な状態にまで陥った。
それが伝えられると、本人は驚愕したあと、すぐに謝罪の言葉を繰り返したそうだ。怒りでまともに物事を考えられなかった、許して欲しい。何度も訴えたが、極刑は免れない。利己的な理由で王都中の人々を苦しめ、故意ではないとはいえ命をも奪おうとしたのだから。
「犯人は依頼した薬師たちが営む店の近くに潜んでいた。そこで奴らが人々から責められる光景を眺めるつもりだったそうだ」
「薬が効かないだとか金返せだとか散々言われてましたね」
「店を見張っていた俺の部下が、そいつを不審人物として捕らえてな。奴が持っていた毒液の魔石が、融合されていた魔石と同じものだった」
どうやら人工的に作った魔石には、その錬金術師の魔力の残滓が残っているらしい。指紋や掌紋という指や掌に刻まれている線が人それぞれ異なるように、魔力も違うそうだ。
男は厳しい取り調べを受けることになったのだが、動機のくだりで孤児院への不法侵入も発覚した。
「依頼した薬師たちも牢屋行きだ。ギルドとしても薬師免許は剥奪させてもらう必要がある」
「孤児院の如雨露をすり替えるよう依頼をした理由は何だったんですか?」
「嫌がらせ、だ」
苦々しい表情でアーヴィンは言った。そうだろうなぁとヘルバもすぐに納得した。
アーヴィンに肩入れするオリーヴへの嫌がらせで、如雨露に毒を仕込むように依頼をした薬師たち。報酬を支払わなかった薬師たちへの嫌がらせで、ゴーニックの神水に毒を混ぜた盗人。
皮肉な話だ。
「魔石に用いられていたのは、魔物の血から精製された毒だった。ゴーニック国では馴染みのない種類だ。他の薬師たちが正体を見抜けなかったのも無理はない」
「でもアーヴィンさんは気付いたんですね」
「……父上が毒の研究も行っていてな」
ヘルバの問いに答えたアーヴィンの声は、どこか陰を含んでいた。そのことに違和感を抱きつつ、ヘルバは街を見回して残念そうに肩を落とした。
「もっと買い物したかったなぁ……」
「あれだけ買って、まだ足りないのか?」
ヘルバの戦利品は荷物にならないようにと、レムリア家の使用人が持ち帰ってくれた。その量を見て少し引いている様子だったが。
「バザーは毎年開かれる。また来年来ればいいだろう。その時は君が買いすぎないよう、見張りを一人つけるつもりだが」
「来年も……」
「何だ?」
「いえ、来年もレムリアさん家に置いてもらえるんだなぁ~って思ったら嬉しくて」
少なくともアーヴィンの中では、ヘルバが側にいるのは確定しているようだ。それが何だか嬉しい。そう思うと同時に、嫌な記憶が蘇る。
ヘルバを勝手に婚約者にしておきながら、最終的に偽聖女扱いしたあの野郎である。
「アーヴィンさんに比べて、あの男は……」
「あの男?」
「ほら、私を偽の聖女呼ばわりして処刑まで追い込んだあの馬鹿ですよ、馬鹿!」
「それは君ではなく別のヘルバの話じゃないのか」
しまった。まだ誤解が解けていなかった。本当のことを言っているだけなのだが……。
ヘルバが頭を抱えていると、アーヴィンに肩を掴まれた。
「君は君だ。自分自身を手離すな」
「と言われましても……」
「それに君は俺の助手だ。見ず知らずの男を罵倒している暇があれば、俺を見ていろ」
拗ねたような口調で言うものだから、ヘルバは何も言い返せなかった。
心臓が痛いし、顔が熱くなるのでこういうことは止めてもらいたい。何て思うのに声が思うように出せない。これは何だろうと困惑していたのだが──。
「お前……ヘルバなのか……?」
あの馬鹿男の声が聞こえた気がした。幻聴か? 幻聴だよな? 祈るような気持ちでヘルバはそう思い込もうとしたが、現実はヘルバに厳しかった。
「ヘルバ! お前に会いたかったんだ、ヘルバ……!」
「うわっ、気持ち悪っ」
馬鹿男ことフィオーナ国の王太子。その男が自分の名前を連呼しながら抱き着こうとするので、ヘルバは自らの拳で殴り飛ばした。
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