第30話・美醜
王都が落ち着きを取り戻したのは、太陽が傾き始めた頃だった。ヘルバの下には紙を外し、素顔を露にした錬金術師たちが集まっていた。そして、悲壮感溢れる表情で頭を下げる。
「聖女様、この度は大変申し訳ありませんでした。そして王都の人々の命を救ってくださったこと、感謝いたします……!」
「は、はぁ……」
流石に謝る時は紙外すのか。そう思いながらヘルバはとりあえず相槌を打つ。
アーヴィンが重症者のみをヘルバが引き受けるように指示を出したことにより、解毒魔法無限マラソンは早めに終わった。おかげで治療が後回しになって手遅れになった中毒者はいなかった。
中には大金を支払ってまで治療を受けようとした者もいたが、彼らもアーヴィンや薬師ギルドの人々が追い払ってくれた。
「あなた様がいなければ、命を落とす者が大勢いたでしょう。それに比べ、私たちは戸惑うばかりで何も出来ませんでした。ああ、なんて無力なことか……」
「そんなことより、皆さんこんなところにいて大丈夫なんですか?」
中毒騒動は収まったが、一件落着と言うにはまだ早い。水の魔石に毒液の魔石が混ざっていたことが発覚したのだ。何故そんなことが起こったのか調べる必要がある。
水の魔石を管理していたであろう彼らは、すぐにでも取り調べを受けるべきだと思うのだが……。
「そのことだが、犯人はもう見付かっている」
ヘルバにそう教えてくれたのはアーヴィンだった。心なしか顔色が悪い。
アーヴィンは解毒薬の効能を試すために自ら毒を飲んでいる。毒はとっくに抜け切っているだろうが、率先して動き続けていた。今、こうして立っているだけでも辛いはずだ。
「アーヴィンさん」
「いや、いい」
ヘルバが魔法で疲労を取り除いてやろうとするが、それを察したアーヴィンは首を横に振った。
「君にこれ以上借りを作りたいとは思わない」
「そんなもの、いくら作っても構いませんよ。そもそもの話、こういうことに貸し借りは関係ないでしょ」
「だが、君も相当魔力を使ったはずだ」
アーヴィンがやんわりと断ろうとしていると、錬金術師の一人が「そうです!」と叫んだ。
「あなた様はずっと魔法を使い続けていました。そのせいで顔も窶れ……あれ?」
じっと顔を凝視されたのかと思ったら首を傾げられたので、ヘルバは自分の顔や髪を触った。
頬はかさかさ、髪もぱさぱさ。どうやら魔法を使い続けたせいで、また外見がボロボロになったようだ。
「あ、ああ、聖女様お労しや……」
「美しさと引き換えに、民の命を救われたのですね……」
そして泣かれている。そんなにヤバい見た目をしているのか。ヘルバが少し複雑な気持ちになっていると、アーヴィンが錬金術師集団に鋭い眼光を向けた。
「お前たちは、今の彼女が醜いというのか? 何も変わっていないぞ」
「何寝ぼけたこと言ってるんですか、アーヴィンさん」
綺麗な目をしてよく分からないことを言い出した。何も変わっていないわけないだろう。
「俺には君が美しく見えるが」
なのに真顔でそんなことを言われたので、ヘルバは流石に気恥ずかしさを覚えた。
「た、多分目が疲れてるんですよ。だって、肌も髪も酷いことになってるっぽいですし」
「皆を救った者の証だ」
自虐的なヘルバの言葉に、柔らかな声で言い返す。紛れもない本心なのだと、真摯な眼差しがヘルバに訴えかける。
「何の見返りも求めず、人々を救おうとするその心より美しいものなどあるか」
「え、えっと……」
あまりにも直球過ぎる褒め言葉に、じわじわと顔が熱くなっていく。心臓がうるさくなる。
アーヴィンの顔が見られずにいると、彼は突然瞠目したあとに後ろを向いてしまった。
「アーヴィンさん?」
「……今のは忘れろ」
「ファッ!?」
びっくりして奇声が出た。
「いいから忘れろ! 要らん言葉を言い過ぎた!」
「じゃあ忘れますけど……」
「そんなすぐに忘れてしまえるほど、俺の言葉は軽かったということか!?」
「忘れろって言ったのそっちだろ! 面倒臭いな!」
逆ギレされる謂れはないはずだ。今更羞恥心が沸いたらしく背を向けたままのアーヴィンに呆れながらも、ヘルバは話を戻すことにした。
「で、毒液の魔石を混ぜた犯人は誰だったんですか?」
「今朝、孤児院に忍び込んで魔石を摩り替えた盗人だった」
「あらま」
まさかの人物だった。
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