第25話・毒の如雨露

 皆、如雨露を見て目を丸くしている。他の誰でもないヘルバも。


「……何で?」

「君がそれを言ってどうする!」


 首を傾げるヘルバにアーヴィンが素早くツッコミを入れた。

 だがヘルバもよく分からないのだ。この如雨露から毒草の匂いがする。なのに、どこにも毒草が見当たらない。中に入っているのかと思いきや空っぽ。

 毒液が内側に塗られているのでは? と考えたが、それならもっと匂いが濃いはず。


「ええ……私謎解きは苦手だから、こういうの困る……」

「貸してみろ」


 アーヴィンに如雨露を奪われてしまった。


「これは水の魔石を使用するタイプだ」

「え? そんなのがあるんですか?」

「内部に水の魔石を填めるところがあってな。如雨露を数回振ると、魔石が水を出す仕組みになっている」

「うわぁ、すんごい便利」

「うちの庭師も使っている」


 そう言いながら、アーヴィンは如雨露の中に手を突っ込んだ。その光景にぎょっとしたヘルバが「何やってんですか!?」と叫ぶ。


「俺には匂いがどんなものか全く分からないが、君が何に反応しているのかは見当がつく」


 如雨露の中からガコン、と何かが外れる音がした。

 アーヴィンが手を取り出すと、結晶のようなものを握り締めていた。


「水の魔石だ。普通は深い青色をしているものだが……」


 アーヴィンが持っている魔石は苔色だった。とてもじゃないが、青色とは言えない。

 彼は忌々しげに結晶を睨み付け、こう言い切った。


「これには毒の成分も含まれている」

「毒ぅ!?」


 ヘルバは驚愕したが、確かに結晶から匂いが漂っている。疑う余地はなさそうだ。


「魔石は魔力濃度の高い地帯で採掘することが出来る。だが錬金術師の手によって人工的に精製することも可能で、自然界に存在しないものもある。その一つがこの毒液の魔石だ」

「え……じゃあ、ずっとこれ使ってたってことですか?」


 ヘルバがちらりとオリーヴを見ると、彼女は顔面蒼白で立ち尽くしていた。他の職員も同じような反応をしている。

 ヘルバの問いに答えたのはアーヴィンだった。


「それはないだろう。先日ここに来た時、君は匂いに反応していなかった。少なくともその時点では、ただの水の魔石だったはずだ」

「それじゃあ、そのあと……?」

「オリーヴさん、これを使ったのはいつですか?」

「えっ、あ……いつもお昼の一番に暑い時に水を……」


 オリーヴの答えを聞いたヘルバは、すぐに花壇の匂いをくんくんと嗅いでみた。変な匂いはしない。


「お花大丈夫みたいです」

「彼女の鼻を信じるとすれば、昨日の昼以降に魔石をすり替えられたということになる」

「……それってもしかして」


 孤児院を急ぎ足で出て行った男。何者かが填めた毒液の魔石。

 タイミングがよすぎる。


「クリスティラの花は収穫する前、水を与えて冷やします。今朝もそうするつもりだったのですが……」

「そんなことをしたら、枯れていたかもしれませんね」


 オリーヴはアーヴィンの言葉を聞き、悔しそうに唇を噛んだ。

 今日のために皆頑張って来たのだ。その努力や苦労をぐちゃぐちゃに踏みにじるようなやり方だった。

 卑劣な行為にヘルバは憤慨した。


「ああ、腹立つ! 犯人を一発ぶん殴らないと気が済まん! ねえアーヴィンさん!?」

「この孤児院の人間か、それともクリスティラの花のことを知っている人物だろうな」

「? はぁ……」


 アーヴィンの声はどこか翳りを帯びていた。




 孤児院は被害届を出すことになった。バザーの参加も中止となった。他にも嫌がらせがあるかもしれないからだ。

 ゼリーを楽しみにしていたヘルバは少し泣きそうになったが、オリーヴたちの方がもっと辛い思いをしているはずだ。もうじき起きて来る子供たちもショックを受けるだろう。


「やっぱり参加は難しいですよね……」

「彼らには申し訳ないが、安全を最優先すべきだと思う」

「申し訳ない?」

「俺と君はあの裏庭を見ている奴らを知っているはずだ」

「……あ!」


 アーヴィンとランドルフを悪く言っていたあの薬師連中である。


「毒をこのような形で使うなど、薬師としてあってはならないことだ。単なる思い違いであって欲しいが」

「あの人たちってそんなに俊敏に動けますか?」

「無理だな」


 あの時間帯、裏庭へ続く通路は人気が少なかったらしい。

 しかし大して運動をしていなさそうな薬師が、誰にも見付からないよう孤児院内を動けるとは思えなかった。


「まあ、実行犯は金で雇われた奴だな」

「うーん……それはそうかもしれませんけど」

「何だ?」

「あの薬師たちが犯人だったとしても、アーヴィンさんのせいじゃないですよ」

「……そんなの分かっている」


 全然分かっていなさそうだ。ヘルバはアーヴィンの顔を覗き込み、小さく息を吐いた。

 案外繊細なこの人のことだ。薬師同士の争いに孤児院を巻き込んでしまったと、自分を責めているに決まっている。


「よしよし」


 背伸びをして、アーヴィンの頭を撫でてやる。金髪がさらさらしていて、触り心地抜群だ。

 アーヴィンはニコニコと笑うヘルバを一瞥したが、嫌がる素振りを見せずに彼女の好きにさせていた。


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