第24話・匂いの元
孤児院では職員たちが忙しなく動いていた。子供はまだ夢の中にいるらしい。
何でもヘルバのように、昨夜は緊張と興奮で寝るのが遅かったとか。それを聞いたアーヴィンが意味ありげな眼差しを向けてきたので、ヘルバは手で壁を作ってシャットアウトした。
そんな二人へにこやかに微笑みながらオリーヴが声をかける。
「けれど、どうなさったのです? 何かご用でも……」
「はい、先程孤児院から妙な出で立ちの男が出て行くのが見えたので」
「妙な……男?」
オリーヴは職員たちに心当たりがあるか聞いて回ったが、誰も知らないという。つまり、男はこっそり侵入したということになる。
彼は何をしていたのだろうか。ヘルバはううん、と唸った。
「こんな日に盗みに入ったってことですかね?」
「それはありません。すぐに確認してみましたが、子供たちも金庫も無事でした」
「うーん……?」
「金目的ではないのかもしれないな」
眉間に皺を寄せてアーヴィンが言う。
「第一、物盗りの犯行なら孤児院になど入らない」
「お金も子供も無事ってことは……何か思い当たる節はあります?」
「い、いえ……」
オリーヴは青ざめた表情で首を横に振った。職員たちも同じ反応だ。
せっかくバザーの準備をしていたのに大変だな、とヘルバが思っていた時だった。
グォォォォ……と地響きのような音がした。ヘルバの腹から。
「君、朝食を食べたはずでは?」
「こういうのは理屈じゃないので」
クリスティラの花びら入りゼリーがまた食べられると思ったら、腹の虫が鳴き出したのである。誰だってそうなるに決まっている。
渋い顔付きでヘルバが腹部を押さえていると、オリーヴが小さく笑った。
「ヘルバ様、ゼリーの味見役をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「是非とも是非とも!」
「君……そのためにここに立ち寄ったわけではないんだぞ」
「でも、何も被害に遭ってないみたいですし……入ったはいいけど、何も取らずに出て行ったんじゃないですか?」
「忍び込まれた時点で不法侵入罪だ。被害届を出さなければならない」
そう言って深々と溜め息をつくアーヴィンに、そういうものなのかとヘルバは頷いた。
じゃあ、先日孤児院に押しかけて来た薬師の連中も不法侵入罪でしょっぴけないか? と考えていた時だった。
「んん……?」
「どうした」
「何かヤバい臭いが……」
「どこからだ」
アーヴィンが語気を強めながら問う。オリーヴや職員たちが首を傾げる中、ヘルバは匂いを辿って歩き出した。
「あ、あのヘルバ様? 如何なさいました?」
「こっちかな……でも甘い香りもするんだよなぁ……」
「?」
「申し訳ありません、ここは彼女の好きにさせてください」
訝しむオリーヴたちにアーヴィンが硬い口調で言う。その顔には焦りの色が浮かんでいる。
くんくんと匂いを嗅ぎながら進んでいたヘルバの足がようやく止まった。
「あ、この辺り強く匂います」
ヘルバの後を追っていたアーヴィンたちは息を呑んだ。
何故なら、ここは本日の主役とも言うべきクリスティラの花が咲き誇る裏庭だったからだ。
アーヴィンが周囲を見回し、ヘルバに声をかける。
「……一応聞いておくが、君が感じ取っているのは何の匂いだ?」
「毒草です。しかも、これ結構強いやつ」
平然と答えるヘルバに、職員たちが困惑している。しかし、ヘルバはそちらへ意を向けることなく、匂いの元を探していた。アーヴィンも険しい目付きで花壇を調べている。
クリスティラの花の中に、毒を持つものが含まれているとしたら。その可能性に他の者たちも行き着き、花を一輪一輪確認しようとしていたが、「あ、あったあった」というヘルバの安堵する声に動きを止めた。
「なーんか見付からんなぁ~と思ったら、こっちにありました」
満足げに笑うヘルバが手にしていたもの。それは薄緑色の如雨露(じょうろ)だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます