第21話・勧誘
「部外者の方は院内の立ち入りを禁止しております。以前もそのようにお伝えしたはずですが」
先程まで柔らかかったオリーヴの雰囲気が一変する。鋭い眼差しを薬師たちへと向けていた。子供たちもヘルバの後ろに隠れながら、彼らを威嚇するように睨んでいる。
孤児院にとって、かなりの嫌われ者らしい。薬師たちも不愉快そうに顔を歪めたが、すぐに愛想笑いを顔に貼り付け、オリーヴに声をかける。
「部外者などと酷い言い方をしますな。私たちはこの孤児院、ここの子供たちの将来を案じているというのに」
「そんなに心配してるのに、ここのルールは守らないんか……」
つい、うっかりヘルバは口走ってしまった。が、アーヴィンからお叱りの声はなかった。むしろ「よく言った」くらい思っていそうな顔をしている。
「……ごほん。何故アーヴィン様たちがいらっしゃるかは分かりかねますが……まあ、いいでしょう。院長様、先日のお話ですが──」
「どうか、お引き取りください。何度来ても同じ返答しか出来ませんので」
強い拒絶の言葉だった。冷淡な声で言い放つオリーヴに、ヘルバとアーヴィンは互いの顔を見合わせた。何やら不穏な空気を感じる。
その時、子供の一人が叫んだ。
「お前らみたいな奴が作る薬なんて誰が飲むもんか! さっさと帰れー!」
「え? 何どういうこと?」
子供の言葉に目を丸くするヘルバだったが、アーヴィンは合点がいったらしく「やはり、そういうことか」と呟いた。
そして、余分な怒りを吐き出すように溜め息をついてから、薬師たちと向き合う。
「お前たち、過剰な勧誘は禁止のはずだが?」
「過剰だなんて誤解です。我々は自分たちの薬こそが人々を救うのだと信じております。それを一人でも多くの方々に服用して欲しいと思い、こうしてセールスをしているだけでございます」
なるほど、とヘルバは状況を察した。
この孤児院ではレムリア家が調合した薬を使っている。この薬師たちはそれが気に入らず、自分たちの薬を使うようにしろと、こうやって押しかけているようだ。
しかも、恐らくは何度も。世間に疎いヘルバでも、これはアーヴィンの言う『過剰な勧誘』に当てはまると感じる。
「父上と俺の作る薬が万能であるとは言わない。だが、俺たちの調合した薬を信じてくれる人々に、薬を変えるように強要するのはどうかと思う」
「はは……目を覚まして欲しいと思い、言葉が荒くなってしまう時があるかもしれません。錬金調合よりも、古くから伝わる調合方法で精製した薬の方が良質。そのことに気付かず、あなた方に頼り続けている方々が私たちは哀れでならないのです」
「いい加減にしてください!」
ついにオリーヴが声を荒らげた。ヘルバが蹴りの一発でも喰らわせてやろうかと思っていた時だった。
「子供たちが流行り病で苦しんでいた時、この孤児院を救ってくださったのはあなたたちではなく、ランドルフ様とアーヴィン様です! ですから私たちが信じたいと思うのもお二人です! そう考えて何が悪いというのですか!?」
「お、おや、突然どうされたのですオリーヴ様……」
「今すぐにお帰りください! 帰って!」
大声を上げることに慣れていないのだろう。オリーヴは声を引き攣らせながらも、それでも必死に薬師たちを返そうとしている。
あまりの剣幕に怖気づいている彼らだったが、更に畳みかけるようにアーヴィンが口を開く。
「これ以上この孤児院に干渉するというのなら、何らかのペナルティを考えなければならない。……この言葉の意味が分かるか?」
「……分かりました。あらぬ罪で裁かれることはご遠慮したいところですからね」
顔は笑っているが、目が笑っていない。そんな表情で薬師たちはアーヴィンを睨み付けると、足早に裏庭から立ち去っていた。
彼らの姿が見えなくなった途端、オリーヴはその場に座り込んでしまった。ヘルバの後ろにいた子供が彼女へと集まっていく。
「先生、大丈夫? 顔色悪いよ……」
「心配かけてしまってごめんね。私は大丈夫ですから……」
「でもオリーヴ先生かっこよかった! あいつらを追い払ってくれたんだもん!」
「……いえ。あの人たちが帰ったのはアーヴィン様のおかげです」
「うん! アーヴィンにいちゃんもすっげーかっこよかった!」
子供から褒められ、アーヴィンは苦虫を噛み潰したような顔をした。「顔! 顔!」とヘルバが注意をする。
「俺自身は何もしていない。ただ、ギルド長の権限をちらつかせただけだ」
「アーヴィンさんそういうの嫌いそうですもんねぇ。でもオリーヴさんのためにそれを使ったアーヴィンさん、とってもかっこよかったですよ」
「………………」
「あ、ちょっとどこ行くんですか」
こちらに素早く背を向け、孤児院の中に戻って行くアーヴィンをヘルバは小走りで追いかけた。
「くそっ、公爵家のボンボンが。余計な口を挟みやがって……!」
「ギルド長の息子だからって何だ、あの偉そうな態度は!」
「しかも、あんな美人な婚約者を引き連れて……自慢のつもりか?」
孤児院からの帰り道、薬師の面々はアーヴィンを罵っていた。周囲の人々が眉を顰めているのに気付くと、ハッとしてすぐに口を閉ざす。
しかし文句を言い足りないのか人の少ない喫茶店に立ち寄り、再びアーヴィンへの陰口で盛り上がっていた。
「何が錬金調合だ! あんなものを使うなんてゴーニック国の薬師としての誇りを捨てたも同然だな!」
「うむ。よく効くと言われているが、どうせ物珍しさからそう思い込んでいるだけだ」
「そうだ! あのオリーヴとかいう女は何故そのことに気付かないのか……」
「……だが、孤児院には暫く手出しをせん方がいいだろう。アーヴィンのことだ。どうせ我々を処罰することはないだろうが、腹の立つ話だ」
薬師ギルドでは法律で使用が禁じられている薬草を使用した調合、無認可での強力な鎮痛剤の販売などが追放処分に当たる。余程悪質な手段を使わない限り、薬師同士での客の取り合いは違反行為に該当しない。
「オリーヴ! あいつが素直にこちらの要求に頷かないからこんなことになったのではないか!」
「レムリア家に肩入れするのなら、あれも我々の敵。そう判断してもよいな」
「そうだな。……そういえばあの庭で咲いていた花、あれは確かクリスティラだった」
「ああ。確かに……あんなもの、どうやって育てたのやら」
薬師たちの声は徐々に小さくなっていく。それは後ろめたい話題を喋っているという自覚が、僅かにでもあるからだろう。
しかし互いが互いを止めようとする気は起きなかった。その証拠に彼らの口元は歪な弧を描いている。
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