第20話・おまじない

 クリスティラの種を撒いて何日経っても芽は出て来なかった。種をくれた花屋の店主も「あまり期待はするなよ」と言っていた。駄目かもしれないと落胆しつつ子供たちが日課の水やりに行くと、見知らぬ茶髪の青年が裏庭で大の字になって寝ていた。それもクリスティラの種が埋まっている場所で。


「ちょ、お兄ちゃん何やってんだよー! そこで寝ちゃ駄目ー!」

「んあー……? あ? 俺日向ぼっこしながら昼寝してるんだから起こすんじゃねーよ」

「起こすよ! どうやってここに来たの!?」


 年長の子供は、素早く小さな子たちに大人を呼んでくるように指示して、自分は青年に何者かと訊ねた。裏庭は周囲が高い塀で囲まれており、孤児院の中を通って来ないと辿り着くことが出来ない。

 誰にも気付かれず、ここまで来るなんて不可能のはずだった。それにちゃんと『クリスティラのかだん』と書いた札を立てていたのに、堂々と無視してそこで昼寝をしている。明らかに青年からはヤバい匂いがした。


 警戒する子供に、青年は寝そべったまま地面をぽんぽんと叩いた。


「あれ? お前ら随っ分と我儘(わがまま)な花育ててね?」

「わ、我儘? えっと、花屋のおじさんも育てるのが大変って言ってたけど」

「ずっげー嫌な奴だぜ。熱いのは嫌いだってうるせーくせに、寒いのも駄目だって文句言ってくんの」

「お兄ちゃん、お花の言葉分かるの?」

「普通分かんじゃね?」


 分からないと思うが、青年が「え? 何で?」な反応をするので分からない方がおかしいのかなと、子供は錯覚しかけていた。

 だが青年は何かを思い出したようにぱかっと口を開けると、こう言い放った。


「人間って花の言葉分かんないもんだって、母ちゃんが言ってた!」

「でもお兄ちゃんは分かるってことは……お兄ちゃんは人間じゃないの?」

「そうそう……あ、でも姉ちゃんは分かんねーみたい。『僕は毒草だから食べちゃ駄目だよ』つってんのに、聞こえてねーからバクバク食ってた」


 よく分からないことばかり言っているが、青年にはちゃんと家族がいるらしい。それはちょっと羨ましいなぁと思っていると、青年は起き上がって背伸びをした。背中が土まみれになっているので、子供が軽く叩いて払ってあげる。


「ま、いーや。昼寝もたっぷりしたから俺もう行くわ。いい寝床用意してくれてサンキュー」

「ここベッドじゃないよ!」

「お礼におまじないかけてやんよ」


 そう言って、青年は地面を数回叩いた。ぽんぽんと優しい感じではなく、バシッバシッと力強く。地面が軽く揺れた。


「じゃあね~」

「あ……っ!」


 青年がジャンプすると、その体は軽々と塀の上に着地した。ぎょっとする子供に軽く手を振り、青年は塀の向こう側へ飛び降りて行った。


 その翌日、クリスティラの花壇からは小さな芽が出ていた。




「……ということらしいのです」


 オリーヴも半信半疑のようで、少し戸惑った様子で語り終えた。


「おまじない……のおかげでクリスティラの花が育った? まさか聖女による力か。いや、男だから聖女ではないか」


 顎に指を当てて、アーヴィンが深く考え込んでいる。


「君はどう思……どうした?」

「いや……何でもないです」

「どう見ても何かあった顔をしているんだが」


 まるで渋いものを食べた時のような顔で頭を抱えているヘルバを、アーヴィンが心配そうに窺う。


「あー、知らない。私は何も分からないですね……その人様ん家の敷地に不法侵入して、あまつさえ昼寝までやらかす大馬鹿野郎のことなんてこれっぽっちも」

「知らないわりには、辛辣な言い方だな……」

「そ、それよりも、甘いお花が育った原因がそのスットコドッコイだったとして、何でこんなにワサワサ育ってるんですか? 花屋から種を貰ったって言っても、山盛りってわけじゃないですよね……?」


 ヘルバの疑問については、オリーヴが答えてくれた。


「そうなのです。ですが、どういうわけかここで育てているクリスティラの花は、種から開花までのスピードが通常よりもかなり早いらしいのです。そのおかげで種が採れるのも早く、それを撒いた結果このようなことに……」

「つまり、それもおまじないの結果……」


 それによって子供たちが喜び、バザーで出す菓子の材料となったのならいいのだろうか。ヘルバは死んだ目で笑うしかなかった。


(あいつも人間の世界に来てるんだぁ~。それはいいけど、同じようなことを各地でやられたらえらいこっちゃじゃないの……)


 一人の馬鹿によって、生態系に大きな影響が齎されるかもしれない。それは身内(・・)として何とか阻止したいのだが……。

 危機感を抱き、ヘルバが冷や汗を流している時だった。数人の子供たちがオリーヴへと駆け寄った。


「オリーヴ先生!」

「あら、どうしたの皆?」

「あのね、またこわいくすりやさんがきたの……」


 不安そうな声で子供が告げると、オリーヴの顔が強張った。アーヴィンが片眉を上げた。


「……アーヴィン様、ヘルバ様。申し訳ありませんが、少し子供たちを見ていてくださいませんか?」

「俺も行きましょうか?」

「いいえ、ご心配には及びません。お気持ちだけお受け取りいたします」


 無理に笑みを作り、オリーヴがそう答えた時だった。ヘルバは子供たち数人を守るように自分の後ろに隠した。

 嫌な匂いをした連中が、こちらにやって来る気配がしたのだ。


「おやおや……近頃よくお会いしますな、アーヴィン様」

「しかも、婚約者もご一緒しているとは」

「仲睦まじいことですなぁ」


 裏庭にやって来たのは、ヘンリエッタの屋敷で出会った薬師たちだった。


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