第19話・クリスティラのゼリー

 ヘルバとアーヴィンが連れて来られたのは食堂だった。

 何の試食だろうかとわくわくしていると、透明な容器が運ばれてきた。

 そこに盛り付けられているのは、無色透明なゼリー。だが、それだけではない。


(すごいおしゃれなのが来ちゃったぞ……)


 ゼリーの中には、色とりどりの花びらが散らされていた。これだけでも女の子からの人気が高そうだ。

 しかし、花びらを食べる習慣が人間にあったとは。ヘルバが感心していると、アーヴィンが「食用の花も存在しているからな」と教えてくれた。この言い方からすると、やはり本来は食べるものではないらしい。


「さあ、どうぞ召し上がってください」


 オリーヴに促され、ヘルバはスプーンをゼリーへと沈めた。

 普通のゼリーと違い、もっちりとした感触が伝わって来る。鼻を近付けて見ると、仄かに甘い香りがした。

 ちゅるんと口の中に入れて舌で潰すと、うっすらと砂糖の甘さが広がる。砂糖のみでゼリーを味付けてしているようだ。華やかな見た目のわりには、味は地味な気がする。

 そう思っていると、突然甘酸っぱい果実の味がした。


(あれ? これ苺か……?)


 驚きながら食べ進めると、砂糖味のゼリーの他にも様々な果物の味がする。その殆どはヘルバの知らないものだが、どれも美味しい。

 どういうこと? とヘルバは困惑していたが、アーヴィンも驚愕した表情でゼリーを凝視している。


「これは……まさか……」

「アーヴィンさん何か知ってるんですか?」

「ゼリーに入っている花びらは、クリスティラと呼ばれる花のものだ」

「ほぁ~」


 名前を聞いても分からなかった。


「アーヴィンさん流石ですね。そうです、このゼリーに使われているのはクリスティラの花びらなのですよ」


 オリーヴが自信ありげに言う。

 とりあえず、すごい花を使っているというのはヘルバも分かった。あと、果物の味がしてとても美味しい。

 ゼリーそのものの味を薄めにしてあるのは、花びらの味を楽しませるためだろう。それに花びらなので、薬草や葉野菜を食べているような食感かと思いきや、ゼリーと一緒に溶けてなくなった。


「クリスティラの花びらは非常に熱に弱く、食べると口の中ですぐに溶けてしまうのです。しかも果実に似た甘酸っぱさがあって、その味は色ごとに異なります。例えば赤い花びらなら苺、ピンク色なら桃、黄色ならレモンとなるのですよ」

「そんなお花があるんですか……」


 デザートに食べてくださいと言っているような性質の花だ。サービス精神旺盛である。


「だが、熱に弱いため、栽培は非常に困難とされているんだ。花が開く前に蕾が溶けてしまったという話はよく聞く。それ故に、希少な植物とされているはずだが……」

「全然旺盛じゃなかった」

「オリーヴさん、この花はここで栽培しているのですか?」

「ええ。子供たちが育ててみたのです。花屋で種を仕入れたのですが、それを特別に分けてもらったそうで」

「どうやって?」

「土に埋めて毎日水をあげていました」


 滅茶苦茶普通の育て方をしていた。アーヴィンが「そんな馬鹿な」という顔をしている。子供たちの思いが奇跡を生んだ……とはヘルバも思えない。

 二人の反応を見たオリーヴは、数秒程考えてから「……お二人になら」と口を開いた。


「クリスティラは部外者が立ち入ることのない裏庭で栽培しております。そこまでご案内いたしましょう」

「俺たちが見てもいいのですか?」

「はい。レムリア家の方々には、返し切れない恩がございますので」

「……ありがとうございます。おい、行くぞ」

「もう!? 待ってください、もっと味わって食べたいです!」

「半泣きで言うな!」

「うわぁぁぁん!!」


 ヘルバは少し本気で泣きそうになった。




 裏庭を訪れると、甘く優しい香りが鼻腔を擽った。

 そして地面を埋め尽くす色とりどりの花が、燦々と降り注ぐ太陽の光を浴びて育っていた。まるで小さな花畑だ。


「太陽光ガンガン浴びて育ってますね。すごい健康的」

「有り得ない……クリスティラは太陽の光を少しでも浴びれば、一瞬で駄目になるんだぞ」

「突然変異……とか?」

「それにしては数が多すぎる。これはどういうことなんだ……?」


 余程衝撃的だったのか、アーヴィンの声は少し震えていた。よく分からないけど、育っているラッキーで済ませるわけにはいかないようだ。まあ、いかないか。

 原因はオリーヴもよく分かっていないらしい。ある日、子供たちが「お花咲いた!」とはしゃいでいるので裏庭に向かうと、この光景が広がっていたという。


「……心当たりは一つだけあります」

「それは何ですか!?」

「アーヴィンさん、ちょっと落ち着こう。オリーヴさんびっくりさせちゃってる」

「え、ええと……実はこの裏庭に『おまじない』をかけていった方がいるらしいのです」


 アーヴィンの迫力に押されつつ、オリーヴは『あの日』のことを話し始めた。

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