第18話・孤児院
エントランスで出迎えてくれたのは、モスグリーンの髪を三つ編みにした物腰柔らかな女性だった。院長のオリーヴ・アルバーンである。
「アーヴィン様、お体はもう大丈夫なのですか?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「それとこちらの可愛らしい方は……もしかして、アーヴィン様のご婚約者様かしら?」
「えっ、違います違います。アーヴィンさんのお手伝いをさせていただいているヘルバという者です」
何という勘違いを。ヘルバは即座に否定した。
するとオリーヴに「あら……?」と目を丸くされた。何だ、その反応。
「アーヴィン様にご婚約者様が出来たと聞いていたので、てっきりあなたかと思ったのですけれど……」
「……それはもしや、他の薬師からの情報ですか?」
アーヴィンが確信を持ったような口振りで問うと、オリーヴは何故か表情を暗くさせた。
「え、ええ……」
「その他にも何か言われましたか?」
「…………」
「例えば『あんな色ボケした貴族様の薬なんて効きませんよ』とか」
オリーヴが大きく目を見開き、けれど気まずそうに視線を逸らす。どうやら図星だったらしい。
何だそれ、とヘルバはむっとした。
「大方、ヘンリエッタの屋敷で出会(でくわ)した連中だろう」
「あ、あー……そういうことですか」
ヘルバの口元に乾いた笑みが浮かぶ。あの時の嘘がこんな形で返ってくるとは。
それにしても酷い言われようである。人々のために、薬を作り続けているアーヴィンの姿を見せてやりたい。
当のアーヴィンはこうなることを予想していたのか、涼しい表情のままだ。
「あのあと、ヘンリエッタの両親から抗議があったらしくてな。娘の不調の原因を見抜けなかったのは仕方ないにしても、効果のない薬を飲ませ続け、『徐々に回復している』と出鱈目(でたらめ)を言ったことが許せなかったらしい。それだけならよかったが、俺の名前を引き合いに出したようでな。逆恨みもあるだろう」
「大丈夫なんですか……?」
「こんなこと、日常茶飯事だ。気にしていたらキリがない」
何だかまぁ、大変な話である。ヘルバはアーヴィンに同情の眼差しを向けた。
どうしてアーヴィンが他の薬師たちから目の敵にされているのだろう。性格はともかく、薬師としては自己犠牲的な部分に目を瞑れば真っ当な薬師だと思うのだが。
「ヘルバ様、ランドルフ様やアーヴィン様を尊敬なさっている薬師様もたくさんおります」
オリーヴが困ったような表情で微笑みながら言う。
「けれど、お二人が精製されるお薬を快く思わない方もやっぱり多いようで……」
「薬って……錬金調合のことですか?」
「……ヘルバ様はご存知ではないのですか?」
きょとんとするオリーヴに、ヘルバもきょとんとする。
何のこと? と助けを求めるようにアーヴィンを見ると、彼はふんと鼻を鳴らした。
「奴らからしてみれば、俺や父上は──」
「アーヴィン先生だ~~~~!」
アーヴィンの言葉を遮るように、明朗な声がエントランスに響き渡る。
声の方を振り向けば、子供たちが目を輝かせながらこちらに向かってきた。
恐らく、ここで育てられている子たちだろう。僅かに狼狽えている青年を取り囲んでしまった。
「先生、久しぶりー!」
「病気になったって言うから心配してたんだぜ!」
「せんせ、だっこしてだっこ!」
「ぼくはおんぶー!」
「いい子にしてたよ! 頭撫でてー!」
すごい大人気ぶりである。強引にアーヴィンの背中によじ登っている猛者までいる程だ。
「アーヴィンさん懐かれてますね~」
「俺は全く嬉しくない。おい、こいつらを引き剥がすのを手伝え!」
「皆アーヴィンさんに会えて嬉しそうなのに、可哀想ですよ」
「俺が可哀想なことになっているだろうが!」
心底嫌そうに顔を歪め、ヘルバを睨み付けているが、背中に乗った子供が落ちないように屈んでいる。頭を撫でてとねだる子供の要望にもちゃんと応えてもいる。
優しさと甘さが隠し切れていない。
「ランドルフ様とアーヴィン様は子供たちにとって、神様みたいな存在ですので」
オリーヴによると、以前この孤児院では王都で流行していた流行り病に、子供たちがかかってしまった。
その特効薬は開発されていたものの、貴族など富裕層に売り付けるためか、高値で販売されていたという。
更にこの頃、孤児院を援助していた貴族の家が没落し、経営が厳しくなっていた。
全員分の薬を買えたとしても、今後の生活費をどうにかして工面しなければならない。
そんな時、孤児院の苦しい状況を知ったランドルフは、無償で特効薬を提供したのである。更に援助まで名乗り出た。
「アーヴィン様も、子供たちの看病を手伝ってくださいました。とてもお優しい方々なのです」
「そんなことがあったんですね」
「お二人に救われたのは、うちだけではありません。貴族ではない方々も特効薬が買えるよう、安価な値段で販売してくださったのですよ」
「何か二人らしいなぁ……」
子供たちが、あそこまでアーヴィンに懐いているのも合点がいく。
オリーヴの言葉を聞いて、ヘルバがうんうんと頷いていた時だ。少女が一人ヘルバの下にやって来た。
「お姉さんだぁれ? お姫様?」
「私はお姫様じゃなくて、アーヴィンさんのお手伝いさんだよ」
「とってもキレイで可愛いのにお姫様じゃないの?」
「だったら、あなたもお姫様だ」
にっこりと微笑みながら言うと、少女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。ただ、ちょっと嬉しそうだ。
それを見ていた他の少女たちも「わたしは?」、「私もお姫様かな?」と集まってきた。
「うん、皆お姫様だよ。とっても可愛い」
「「「「やったー!」」」」
女の子は誰もが可愛くてお姫様なのだ。
はしゃいでいる少女たちを微笑ましげに眺めていると、ようやく解放されたアーヴィンに苦言を呈された。
「おい……子供たちを誑かすな」
「誑かしてるって子供で、しかも女の子ですよ」
「誰にでも可愛いだの大好きだのと言う。それが君のやり口か」
「はぁぁ?」
何を言っているんだ、この人……。何故か勝手に拗ね出したアーヴィンにヘルバが奇異の視線を注ぐ。すると、不穏な雰囲気を察知したオリーヴが「そ、そういえば~」と口を開いた。
「明後日に開かれるバザーで、うちの孤児院も出店させていただくのですけれど、よろしければお二人にご試食をお願いしてもよろしいでしょうか?」
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