第15話・ランドルフ・レムリア
「初めまして、ヘルバさん。あなたのことを手紙で知った時は驚いたよ。皆の病気を消し去ったのがまさか癒しの聖女だったなんて」
「あ、ありがとうございます……?」
「礼を言うのはこちらだよ。本当にありがとう。本来ならすぐにでもあなたとお会いしたかったのだけれど、結局こんなに時間がかかってしまったんだ」
ぷっくりと頬を膨らませてから紅茶を飲む金髪の少年を、ヘルバはまじまじと観察していた。彼とのお茶会を開くことになり、たくさんのお菓子が用意されたが、むしゃむしゃしている場合ではなかった。
童顔、若作り。それらの単語が脳裏に浮かんだが、それにしてもあまりに若すぎる。アーヴィンよりも幼く見えるのだ。
ひょっとしたら、アーヴィンが老けて見えるだけか? と本人が聞いたら怒り出しそうなことを考えていると、ランドルフが小首を傾げた。
「ふふ、僕の顔をそんなにじっと見詰めてどうしたの?」
「……お若いなぁと」
「皆にもよく言われるよ。レイアはいつも『わたくしよりも肌が綺麗ね』ってちょっと羨ましそうに言うんだ。僕にしてみれば、彼女の方が綺麗なのにね」
ティーカップ片手に眉を下げて笑う姿は優雅で、気品がある。氷か鉄辺りが擬人化したのがアーヴィンだとすれば、ランドルフは花が人間の形を得たような雰囲気を漂わせていた。
しかし、ヘルバはそんなランドルフに対して若干の薄気味悪さを感じていた。
彼自身ではない。彼の背後に|いる(・・)モノに対して。
すると、ランドルフは自らの肩を指差しながらヘルバに問いかけた。
「……あなたには見えるのかな? 僕に憑いているものが」
「まあ……ばっちりというわけではないんですけど」
靄がかかっているので、うっすらとしか見えない。
黒い布で目を覆い、黒いドレスを着た黒髪の女がランドルフに凭れている。その両手には錆だらけの鎖が握られており、それはランドルフの全身を縛り付けていた。
魔物の類いではない。むしろ、ヘルバと性質が|似ている(・・・・)存在だ。
「僕の見た目がこうなったのは、彼女が僕の体から『時間』を奪ってしまったからなんだ。合計で……そうだなぁ、四十年程かな」
ランドルフを強制的に若返らせたモノ。ランドルフ本人もその正体を知っているらしい。他愛のない話をしているかのような口調で語った。
「あなたをそんな姿にしたのは、『神』の呪いですよね?」
「うん、ちょっとやらかしてね。その報いってところかな」
「………………」
とんでもないな、この人。ヘルバは紅茶を飲みながら、彼の人間性についていけなくなっていた。
ランドルフが受けた呪いは『二つ』ある。
一つは本人が言っていた通り、肉体の退化。
そして、もう一つ。
これを宿したまま、ランドルフが平然としていられることがヘルバにとっては信じがたい話だった。
「ねえ、ヘルバさん。僕が現在持っている呪いについては誰にも言わないでね」
「えっ、ご家族にも話していないんですか?」
「言ったら皆を心配させてしまうから」
そう答えて微笑む少年の姿をした薬師が、ヘルバには魔物よりも恐ろしく見えた。
その後は夕食の時間まで、ひたすら薬の精製を行うことになった。
レムリア家は店を持たない。月に数回注文を受け、それを直接届けに行く形を取っている。
ここ二ヶ月程はアーヴィンや使用人が寝込んでいたため、注文数を制限していた。なので他の薬屋に客を取られるのではとアーヴィンは危惧していたようだが、普段通りの受付に戻すと、待ってましたとばかりに注文が殺到したらしい。
それはいいことなのだが、問題も生じている。レムリア家にとってはいつものことであるようだが。
「アーヴィン、そろそろ休んでいいよ。僕とヘルバさんがいるんだし」
「いいえ、父上。俺はまだまだ動けますので」
「でもお昼ご飯ちゃんと食べた?」
「パンを食べました。それと栄養剤を少々」
これである。
ヘルバがハンバーガーを食べ、ランドルフとお茶を飲んでいた間もアーヴィンは延々と薬作りを続けていたらしい。
今も父の質問に短く答えながら、薬草を煮ている。
強情な息子に溜め息をつくランドルフは、父というより兄に困り果てる弟のようだった。
「アーヴィンさん、少し休まないとまた倒れますよ」
「またとは何だ、またとは。あれは呪いによるもので、俺自身の問題ではなかった」
「ああ言えばこう言うもんなぁ……」
これはイリスもキレるわけだ。
言葉で言っても理解してくれないのなら、力(パワー)で分からせるしかない。
「アーヴィンさん、アーヴィンさん」
「しつこい。君まで俺に付き合う必要はないんだ。腹が減ったのなら、父上を連れて夕食に……」
「オラァッ!」
ヘルバはアーヴィンの背後に素早く回り込むと、首筋に手刀を叩き込んだ。
「カハッ」
気絶して倒れたアーヴィンに、ランドルフが「上手く決まったねぇ」と笑う。突然息子を強襲された父親の反応ではない。
ヘルバはアーヴィンを担ぐと、そのまま歩き出した。
「じゃあ、ちょっと休憩がてらアーヴィンさんにご飯食べさせますね~」
「ありがと。こっちは僕がやっておくから行ってらっしゃ~い」
呑気にやり取りをする二人。アーヴィンはヘルバの背中で白目を剥いていた。
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