第14話・青空の下で食べるハンバーガー

 昼になり、ヘルバは外で食事を摂ることにした。レムリア家の庭園には、食事や休憩をするためのテーブルと椅子が設置されている。

 雲一つない青空の下、花の香りに囲まれながらお昼ご飯を食べたいと思っていたのだ。その願いが叶ってヘルバは喜んでいた。


「ヘルバ様、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」

「どうぞどうぞ!」


 イリスもやって来たので、二人で食べることになった。

 シェフが気を利かせて、屋外で食べやすいメニューを作ってくれたという。またあのサンドイッチが食べられるのかなとわくわくしながら、シェフが持たせてくれたバスケットにかけられていた布を取ると、ふわりと肉の匂いが広がった。


 肉や野菜をパンで挟んだ料理だが、サンドイッチとは見た目が大分異なる。丸い見た目をしていて、表面が茶色のパンだ。それにローストビーフと違って、今回の肉はしっかり火が通った色をしている。

 そして絶対に美味しいんだろうなと思わせる匂い。


「わぁっ、ハンバーガーです!」

「はんばーがー?」

「はい、平たいハンバーグを生野菜やピクルスと一緒にパンで挟んだお料理なのですよ」


 そんなの美味いに決まっている。

 イリスの解説を聞いて、ヘルバは口の中に唾を溜め込んだ。

 ハンバーグとは細かくした肉を固めてから焼いたものだ。そのままの肉に比べて歯応えは劣るものの、柔らかくジューシーなのが特徴である。

 それをパンに挟むとは天才の発想なのでは。


「ハァー……ハァー……!」

「ヘ、ヘルバ様!?」


 興奮しすぎて過呼吸になりかかっている。

 ハンバーガーを持つ手も震えている。

 早く食べなければ。半ば焦燥感に駆られながら、ヘルバは口を大きく開いて齧り付いた。


(うわぁ~~~! これはハンバーグを挟んだものじゃなくて、ハンバーガーって一つの料理だ……!)


 肉の旨みと生野菜の瑞々しさ、ぶっくらと柔らかなパン。それらが一体化して、ハンバーガーという存在に生まれ変わったかのようだ。

 肉をパンで挟んだら味が薄れてしまうのではと思ったが、むしろ新たな味を開拓していた。

 使われているのは酸味のあるトマトソース。食べ進めていると、それだけではない酸っぱさを感じた。イリスに聞くと、これがピクルスという酢漬けの野菜らしい。

 宝探しでお宝を見付けた時のような気持ちと何だか似ている。あの時は金塊だったか。食べられないので、近くの村の住人たちに譲った。


 爆速で一個目を食べ終えてしまったので、二個目に突入する。今度はよく味わって食べた。


「お母様とおばあ様はこの料理が苦手なようで、いただく機会が殆どないのです。ですから久しぶりにいただくことが出来て嬉しいです」

「えっ、こんなに美味しいのに苦手なんですか?」

「大きな口を開けて食べるでしょう? それが恥ずかしいとのことで……」

「分かる気はしますねぇ」


 他の料理と違って、かなり豪快な食べ方だ。確かに大口を開けることに抵抗を持つ女性は多いかもしれない。

 食べやすい料理だなぁとヘルバは思っていたのだが、まさかそんな欠点があったとは。


「だけど、この国ってほんと色々な料理がありますね。肉料理だけでもこんなに種類があるなんて……」

「そうなのです。私も知らない料理がまだまだいっぱいあるそうですよ」

「すごい……お宝ワールドじゃないか……」


 何だかすごい国だ。胃がいくつあっても足りないのでは。そんな危機感を抱くヘルバに、イリスがくすくすと笑う。


「ゴーニック王国は他の国に比べて食文化が発達しているのです。世界中を旅してきたとされる料理人の方が、様々な料理を国中に広めたと言われております」

「世界中を……いいなぁ」


 それだけ色々な料理を食べられたということだ。羨ましい。


「私もヘルバ様のように思うのですが、お兄様はそうお考えではないようでして」

「な、何だって……!?」


 過去の偉人の活躍により、ゴーニックの食文化は発達した。なのに、あまりよく思わないとは如何なるものか。


「料理人の方がゴーニックにやって来ていた頃、別の国ではとある薬師の方が訪れていました。その方は錬金調合の祖と呼ばれているのですが」


 ヘルバはそこまで聞いて、アーヴィンが喜んでいない理由を何となく察した。


「じゃあ、その薬師さんがいた国では薬学が発展したってことですか……?」


 彼はゴーニックでは錬金調合がまだまだ広まっていないことを愚痴を零していたのだ。


「はい、ヘルバ様のご想像の通りです。……お兄様の性格を知っているのなら、大方見当がつくと思いますが、『うちの国も料理ではなく、薬学が広まればよかったのに』と残念がっているのです」

「あの人らしいというか……」

「それだけならよいのですけれど」


 ふう、とイリスが溜め息をつく。


「お兄様はご自分の食事を疎(おろそ)かにしがちなのです」

「薬師なのにそれはいけないのでは?」

「そう! 私もそう思います!!」


 その言葉を待っていたとばかりに、イリスが声を上げた。


「いくらお父様やお母様が口を酸っぱくして言っても、パンを水で流し込んで終わりという日ばかり。本人曰く、『栄養剤を摂取しているから問題ない』そうですけれど!」

「ひぃーっ」


 食に対する喜びや関心が一切感じられない。食を生きがいとしているヘルバにしてみれば、恐ろしい話でしかない。

 ヘルバが青ざめていると、正門の方から馬車を引く音が聞こえて来た。イリスが「あ!」と嬉しそうに笑みを浮かべる。


「イリス様?」

「お父様が帰って参りました!」


 レムリア家の現当主ランドルフ。彼はヘルバがやってくる前から会合のため、別の国に滞在していた。

 なのでヘルバがランドルフと対面するのはこれが初めてとなる。

 口にソースがついていたら大変だと、ヘルバは紙ナプキンで口を拭いながら玄関へ視線を向けた。


 そこには使用人たちに囲まれながら歩く金髪の少年がいた。アーヴィンよりも二、三歳年下だろうか。血のような赤茶色い瞳の持ち主である彼は、穏やかに微笑んでいた。

 一見すると普通の少年なのだが、不思議な感じがする。


「…………?」

「……ヘルバ様、あの方がお父様のランドルフ・レムリアです」

「え……誰がですか?」

「ほら、あの金色の髪の……」


 ヘルバはハンバーガーを食べる時よりも大きな口を開けたまま固まった。


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