第13話・錬金調合

 仕入れ業者に怒鳴り散らしてしまった。てっきり即座に屋敷から追い出されるのかと思いきや、ヘルバはアーヴィンからの強い薦めによって、彼の手伝いをしながら薬草学を学ぶことになった。

 どうしてこうなった? と首を傾げたが、薬草と毒草を明確に判別することが出来る者は中々少ないのだという。


 調合のための材料、主に薬草の調達は免許を取得した薬師ではなく、見習い薬師や業者の仕事だ。しかしアーヴィンやレイア曰く、薬草に紛れて有害な植物が混じっていることが時々あるのだという。

 なのでレムリア家では仕入れた材料を二重にチェックしているらしい。そのため、屋敷で働いている使用人全員が薬草学の心得があった。


 だが、匂いで毒草を嗅ぎ分けたのはヘルバが初めてのことだった。それも麻袋に入った状態のものを。


「正直驚いている。君にそのような特技があったとは」


 アーヴィンは両手に野草を持ちながら、半ば呆れ気味に言った。

 どちらも赤い花がついており、片方は体を温める作用を持ち、血行促進などの効果もあるルヴィアフィネ草。もう片方は食べると全身に発疹が現れ、40度を超える高熱などを引き起こすマジェント草。

 二つの違いはたった一ヵ所。葉の部分に白い筋があるのがマジェント草、ないのがルヴィアフィネ草だ。

 

 その相違点をヘルバはすぐに言い当てた上で、ルヴィアフィネ草を持つアーヴィンの手を軽く叩いた。こっちが薬に使われる方ですね、と言いながら。


「私の場合、匂いで『あっ、これ食べたら駄目なやつ』って感じ取った草の見た目と、それに似た草の特徴はしっかり覚えるようにしているんです」

「匂いか……まったく分からないが、どのようなものなんだ?」

「だから、これ食べたら駄目なやつって匂いです」

「……君に聞いた俺が馬鹿だった」


 そう言ってアーヴィンはマジェント草を蓋つきの瓶の中に入れた。毒草なんてすぐに捨ててしまえばいいのにとヘルバは思ったが、どうやら血清の材料にするらしい。


 ヘルバとアーヴィンが現在いるのは、屋敷の地下にある研究室兼調合室だ。薬草の中には太陽の光を浴びると、成分が薄れてしまうものがあるのだという。

 換気や匂い取りには四角い形をした緑色の物体が使われている。魔力を微弱に感じるそれは風の魔石で作られた送風装置だ。汚い空気を吸い出す代わりに綺麗な風を送り出す機能がついている。

 本当は動物や花など、様々な形に加工出来るのだが、面倒臭がったアーヴィンが原型のままで購入したそうだ。

 イリスは残念がったという。


 同じ地下は地下でも、ヘルバを閉じ込めていた牢獄とは大違いだ。



 

 アーヴィンはルヴィアフィネ草の花びらと葉を水と共に鍋の中に入れると、鍋をお玉杓子で軽く叩いた。すると一、二分程度で湯気が上がり始めた。鍋は火の魔石で作られた特別製で、衝撃を与えると発熱して鍋の中身を温めるのだとか。

 アーヴィンはいくつか薬草を入れて、沸騰しない程度の温度で鍋を掻き混ぜていた。

 液体が次第に花びらと同じ色に染まっていく。掬って取り出したルヴィアフィネ草の花びらは、色素が抜けて透明になっていた。他の材料は入れた時とそのままの状態だった。強い。


 最後に殺菌消毒を行った小瓶に液体を均等に注いでいく。

 鍋の中身はまだ残っているのに、空いている小瓶がなくなってしまった。


「これ、残りはどうするんですか?」

「長持ちさせるために固形にする」


 白くて小さな花びらを乾かしたものを鍋に入れて、早めに掻き混ぜていく。少しとろみがついてきたら、小指の爪程の大きさをした四角い型を大量に用意して、零さないよう慎重に注ぎ入れる。

 型がうっすらと光ったあとに型から取り出してみると、液体は固まっていた。

 鮮やかな赤色のそれは、灯りに翳すとキラキラと輝いている。


「アーヴィンさんが作るお薬って私が想像していたお薬と全然違いますね」


 てっきり薬草を乾燥させて粉状にしたり、ゴリゴリすり潰して濾したものを薬として売っているものだと思っていたのだが。


「うちの薬は、錬金調合という特殊な技術を用いて作られる。この方が薬草の効果を最大限引き出すことが出来るんだ」

「錬金調合……つまり錬金術と調合の合わせ技ってことですか?」

「ああ。ゴーニックではまだまだ広まっていない技術だ。一般的になっている国もあれば、馬鹿みたいな使い方をしている国もあるが……」

「これどんな味がするんです?」

「不味い」


 即答するアーヴィンに、ヘルバは何とも言えない表情をした。見た目が綺麗なら味も美味しいというわけではないようだ。

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