第6話・病の正体

 アーヴィン以外は比較的症状が軽かった。その中にはアーヴィンとイリスの母親であるレイアもいた。彼女の痣は左脚のみで、使用人たちが止めるのも聞かずに病人の看病をしていたらしい。


 軽症者の治療はすぐに終わる。左脚から痣と痛みが引いたことに驚きつつ、レイアは浮浪者のような風貌のヘルバに感謝の意を伝えた。


「わたくしのみならず、お母様やアーヴィン、更には他の者も救ってくださったのね。ありがとうございます、聖女ヘルバ様」


 レイアの治療は最後だった。本当にまずい状態だったアーヴィンは最初にして正解だったとはいえ、夫人を後回しにしたと知れば怒られるかと思っていたのだが、むしろ彼女は使用人たちを先に治したことを感謝していた。


「救うべき人々を身分や階級などで見極めたりしない。そんな心の持ち主だからこそ、神はあなたに癒しの力を授けたのでしょうね」

「そ、そうですかねぇ……」

「……それとすみません、一つよろしいかしら」

「はい」

「何故アーヴィンはあなたの後ろにいるのでしょう?」

「何ででしょうか」


 レイアが自分の息子に怪訝そうな視線を向ける。母親が分からないのだから、ヘルバが分かるはずもない。

 背後霊の如くヘルバの斜め後ろに立っているアーヴィンは、無表情を貫いていた。何だコイツという空気が漂っている中でも。


「母上。俺はこの素性の知れない女を見張っておりました」

「ヘルバ様が明らかに困っていますよ。おやめなさい」

「確かに俺たちはこの女に救われましたが、こんなみすぼらしい姿をしているのです。我々の警戒心が緩んだあとに盗みを働くとも限らない」

「アーヴィン。それが恩人に対しての言葉ですか」


 レイアがアーヴィンを咎めるも、つんと顔を背けてしまった。


「あ、あの、私を疑うのは仕方ないと思うんですけど、せめてもう少し離れてくれると……」

「ああ、これは失礼」


 そう言ってアーヴィンはヘルバから離れた。ほんの二、三歩ほど。

 おいおい……と、ヘルバは虚ろな表情でアーヴィンの匂いを嗅いでいた。

 彼からは嫌な臭いがしない。つまり、何かを企んでいるような悪い人間ではないということだ。

 しかし好感度は最悪である。


 悩んでいると、イリスとエレナがやって来た。

 どうやら二人は、レイアが病にかかっていたことを知らされていなかったらしい。脚の痣もドレスのせいで気付かなかったということだ。

 知っていたのはこの場にいない、レムリア家の主であるランドルフと一部の使用人だけだった。


「そんな……お母様まで……」


 イリスはショックを受けながらも、レイアを責めようとはしなかった。彼女が周囲に心配をかけさせないために黙っていたと理解しているからだ。エレナも寂しげに微笑み、「あなたもよく頑張ったわね」と労わりの言葉をレイアにかけるのみだった。

 ちなみにランドルフは会合に行っているのだという。


「夫とアーヴィンは薬師であり、レムリア家は薬師ギルドの管理を任せられているのです」

「だから、あちこちから薬草の匂いがしていたんですね」


 病の治療のためではなく、元々薬草を取り扱っていたのだ。

 自分たちで作った薬でも病が治らないと判明した時は、相当悔しかったということだ。治療の最中色々喋っていたアーヴィンの声にも、悔恨が滲んでいたのをヘルバは思い返した。


「そういえば、ヘルバ様はこれは病ではないとおっしゃっておりましたよね?」


 イリスがそう訊ねる。馬車での会話が途中で終わったままだった。

 ……この場にアーヴィンがいるので言いづらいが、ここははっきり告げておくべきだ。もしかしたら心当たりにすぐ行き着くかもしれない。


「あれは病ではなく呪いです」

「呪い……ですか?」

「魔物にしか使えない魔法で、うーんと……簡単に言えばじわじわ対象を苦しめる効果があります」


 本当はもっと小難しい原理があるのだが、説明がややこしくなるので簡単に纏めることにした。

 ただ全ての魔物が呪いを使えるわけではない。心が深い闇に堕ちた時、会得すると言われている最強最悪の魔法だ。

 効果は魔物によって異なるのだが、どんな呪いでもそれを受けた者は黒い蔦が絡み付いている。


「……病ではなく呪いか」


 アーヴィンが忌々しげに顔を歪める。彼は他の者よりも症状が酷かった。それはつまり……。


「アーヴィンさんから呪いが感染したんだと思います」

「俺から感染? 病ではないのにか?」

「そういう種類の呪いだったんですよ」


 恐らくアーヴィンを肉体的に苦しめるだけではなく、精神的ダメージも狙った可能性があった。

 自分の病気が家族や使用人に移り、苦しんでいる。そのことで責任感と罪悪感に襲われるアーヴィンを嘲笑っている者が、どこかにいるのだ。


「で、でも、お兄様がそんな目に遭うなんて……」

「そこなんです。アーヴィンさんって体に痣が現れる前、魔物に遭遇してました?」

「いや、記憶にない」

「そうなると、うーん……」


 ヘルバは腕組みをして唸ったあと、アーヴィンをちらりと見た。


「魔物と契約した人間が呪いをかけたのかもしれません」


 魔物が求めるものを対価として捧げて契約を果たした人間は、その魔物と同じ力を使うことが出来る。

 なので魔物の中には契約をし、対価を得ることを手頃な仕事と考えている奴もいる。


「アーヴィンさん、誰かに恨みを買っているとかは……?」

「山程いる」

「何だと……」


 恐る恐る訊ねると、あっさり答えが返ってきた。山程は困る。容疑者が特定出来ない。


「どいつもこいつも俺に嫉妬しているんだ。俺よりも長く生きているくせに薬学の知識が身に付いていないばかりか、調合も下手くそ。あれでよく薬師免許を取得出来たものだ」


 この男、ほんと毒舌である。ヘルバが乾いた笑いを浮かべていると、イリスに「お兄様は他の薬師様がお嫌いなのです」と耳打ちされた。

 どうして嫌いなのか理由までは聞かないが、これは恨み買い放題だ。


 また呪いをかけられてもまたヘルバが治癒魔法をかければ済むことだが、犯人を見付けなければ事態は解決しない。


 アーヴィンに恨みランキングでも作ってもらうかと考えていると、にこやかな笑顔でパトリックが現れた。


「ヘルバ様、ただいまお食事の用意をしております」

「やったー! ありがとうございます!」


 魔法を使いすぎて腹の虫が鳴りそうだったのだ。

 はしゃいでいるヘルバだったが、その両脇にメイドが立っている。

 何事? 固まるヘルバの腕を掴み、二人のメイドは優雅に微笑んだ。




 猫は体を洗われるのをとても嫌がるのだという。水が苦手だからなのか、自分の匂いが薄れるのを嫌だからなのか。

 それはさておきヘルバは浴室に連れて行かれると、猫のように丸洗いされた。臭いや汚れが残っていたか? と気まずくなっていると、澄んだ水の匂いがして体も綺麗だが髪が傷んでおり、肌もかさついていると指摘された。

 いい香りのするソープで髪や体を丁寧に洗われ、保湿用のクリームを塗られた。


 服はレイアが昔着ていた白いドレスを借りることになった。

 保存状態がよく、虫食いや変色は見られない。

 サイズもヘルバにぴったりだった。似合わないな~、と姿見で自分の姿を見たヘルバは、内心でツッコミを入れた。

 癖毛だらけの髪とそばかすと白いドレス。ドレスに着せられているというより、ドレスもこんなのに自分を着て欲しくないと訴えている。


 脱ぎたい。レイアにもドレスにも申し訳ない。

 だがメイドたちは「素敵ですよ」と褒めまくってくる。

 地獄だった。

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