瞳に映る愛情の対象(7/8)

階上へ向かうワカタの背中はうなじが見えないくらいに丸まり、ウエストも足のサイズも、カラダのすべてが倫子より小さい。


番組はどうでしたか?


カフェの中央の席に腰を下ろして、テーブルに置かれた質素なメニューを倫子に差し出してから、ワカタは落ち着いた口調で尋ねた。


すごく面白かったです。ご招待、ありがとうございました。


接客のときと変わらないていねいな物言いで、倫子が短い感想と感謝の気持ちを伝えると、ワカタは他に何も望むものはないといった表情を浮かべた。


テレビ局の関係者専用なのか、十卓ほどの店内はロビーと同じように人影がなく、キャッシャーの上に設置されたテレビ画面で音声を奪われた人物が動くだけ。窓際席のガラスに映る黒々とした水面は海に繋がる運河のようになだらかだが、時折吹く風にわずかな膨らみをもたらしていく。


キッチンからやってきたウエイトレスが、オーダーされたカフェオレとミルクセーキを伝票に書き留めて元の場所に消えていくと、二人の周りは果てしない静寂に包まれた。


最後のコーナーはどうでした?


結論を急ぐ感じで、ワカタは直球の質問を投げかけた。


瞳に映る愛情の対象……ですね?


そうそう。コーナー名をよく覚えてくれましたね。うれしいなぁ。


倫子の答えに、ワカタは満面の笑みを見せ、照れくさそうに自分の頬を左手でさすった。


素直に感動しました……意外な答えでしたし……「愛情の対象」が瞳に映る設定が面白いですね。


広いフロアにたった二人きりという不自然さを取り繕うみたいに、倫子はアンケート用紙に書き込む調子で言葉を足した。感想はそれ以上でもそれ以下でもない。強いて他にあげれば、ゲストの好感度が上がったことくらいか。


瞳の映像を作るのが意外に難しかったんです。僕は企画を考えて番組の台本を書く役割ですが、今回はテレビ画面に映る絵作りにもいろいろ言わせてもらいました。


エヅクリ?


ええ……僕のイメージが曖昧だったので、スタッフのみんなにはかなりの苦労をかけてしまいましたが……イラストにしてみたり、写真にしたり、長い時間をかけてああいうかたちになりました……もともとは、「その人の大切なものが、瞳にリアルに映ったら面白いよね」っていうタレントとの雑談から生まれた企画なんです。どんな人でも、愛情を注ぐ物って、必ずあるでしょう。


口から泡を飛ばすほど饒舌になった相手を見ながら、「この人はわたしに何を求め、何を語っているのだろう」と倫子は思った。番組の観覧にわざわざ誘い、自分の仕事の内容と新しい企画を説明して、いったいどうしたいのだろう。貴重な時間を割いて、こんな私に何を望んでいるのか。まさか、「ボクの瞳に映るのは君だ!」なんておぞましいことを言うつもりじゃないだろう――言葉を返さず、倫子は表情を強ばらせた。


……どうかしましたか?


ワカタは倫子を正面からまっすぐ見つめて穏やかに尋ねた。特徴的な三角形の目を凝らし、まるで、付き合いの長い隣人のように倫子の変化を気にかける。


空気のかたまりを崩すタイミングでウエイトレスがやって来て、木目調のテーブルにカフェオレのカップとミルクセーキのグラスをそっと置く。


いえ……何でもないです。ちょっと仕事のことが気になったので。


倫子は曖昧に答えてから、紙製のストローでミルクセーキを半分まで一気に飲み干した。喉の渇きのままズズッと音をたて、行儀の悪さをあえて伝える意思で。


自分のカフェオレに口をつけず、ワカタは倫子のひとつひとつの仕草を見守っている。


……失礼に聞こえたらごめんなさい。羽山さんの目ってすごく特徴的ですよね。


目? 特徴的…‥ですか?


ええ、やさしいカンジの、三角のかたちで……とてもかわいらしい……


三角?


(8/8へ続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る