瞳に映る愛情の対象(6/8)

番組出演者をはじめ、ようやく、スタジオ内の全員が新コーナーの主旨を飲み込んだ感じで笑いが起こる。


はい、二番目。ワンちゃんですね。年がら年中キャンキャン鳴きそうな……マルチーズですか?なぜか、そっぽ向いてますよぉ。写真を撮るときは「マル、チーズ!」じゃなくて、「ハイ、チーズ!」って言いましょうね。この方の「愛情の対象」はマルチーズということです。三番目……これはなんですか? ダイヤモンド? 瞳にダイヤモンド? すっごい光ってますねぇ。「愛情の対象」がダイヤモンド! かなり寂しいタレントです、この人は。金も欲しいし、お宝も欲しい。そして最後……これはラグビーのボールかな? カメラさん、近づいてください。泥がついてますよ。汚っねぇな。


あるでんて太麺の淀みないトークに客席がほどよく沸き、新コーナーは好意的に受け入れられていく。


では、この中から、本日のゲスト・村崎ケンジロウさんの「瞳」を番組レギュラーの皆さんに当ててもらいましょう。質問をおひとりずつどうぞ……あっ、言っときますけど、視力やまつげの本数を聞いても意味ありませんよ。考えるのは、あくまでも、瞳の中。瞳の中の愛情の対象!……正解者には、番組スポンサーから豪華賞品が贈られまっせー。


それから、バラエティ番組ならではの、ボケとツッコミのやりとりが出演者の間で交わされ、正解の「マルチーズ」が発表されたあとで、ゲストの口から「愛情」の理由が説明された。ランちゃんという名前のその犬は、病気で早逝した妻と飼っていたペットで、いまは、失うことのできない心のよりどころとして、子供のように、恋人のようにずっと一緒に住んでいるという話だった。ランちゃんとともに愛妻を看取ったエピソードを、野性的なルックスに不釣合いなしんみりした口調でゲストが語っていくと、しっとりと潤む本物の瞳がモニターに映されて、場内は細い雨に濡れた雰囲気になった。


感度のいいマイクが、涙で鼻をすする誰かの音を拾い上げる。感情移入した倫子も目頭を熱くして、「瞳に映る愛情の対象」コーナーは、制作者のねらいどおりに観客の心をつかみ取った。


さぁ、一時間にわたって楽しんできました、笑いと感動の「いけいけ!あるでんて」。今週はこれまで。ではまた来週! バイバーイ!


やらせも過剰な演出もなく、タイムスケジュールをまったく逸れることなく収録は終わった。


冒頭からハイテンションで笑わせ、最後のコーナーできれいに締める番組構成に、観客たちは満足気な表情を浮かべて、各々の連れと建物の出口に向かった。


ワカタの約束に縛られて、倫子は独りでロビーに残る。


すでに陽は落ち、ガラスを隔てた場所で街灯が街路樹を物憂げに照らし、土曜出勤の会社員がうつむき加減で携帯電話を耳にあてていた。


誰もいない受付カウンターの横では、肩幅の広い警備員が背筋を伸ばして立っている。


倫子は出入口扉の近くにある四人掛けソファに腰を下ろして、エレベーターのデジタル表示が見える距離からワカタを待った。


警備員が訝しげに見守るなか、10分経っても15分経っても、ワカタは姿を現さない。ロビーに人影はなく、建物全体が息を止めている感じだ。


縦にも横にもカラダの大きな女がソファで何もせずに時間を潰している――天井に設置されたテレビカメラの映像を想像しながら、倫子はすべてのドアがいきなりロックされて、この場所に閉じ込められてしまう不安に駆られた。


そして、空腹でもないのにお腹がキュルルと鳴ったとき、いちばん右のエレベーターからワカタが飛び出してきた。


すみませーん! 打ち合わせが長引いてしまって……


ワカタは襟元までボタンを止めたポロシャツにツイードのジャケットという格好で、無精髭を剃り、髪を短く刈り込んで、コーヒーショップを訪れたときよりも雰囲気を若返らせていた。


ソファから立ち上がって、倫子は他人行儀に会釈する。


羽山さん、30分ほどお時間いただけませんか? 上のフロアのカフェで飲み物でも。


息せき切る相手のペースに乗せられて、倫子は断る理由を見つけられずに黙ってうなずく。


(7/8へ続く)

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