瞳に映る愛情の対象(5/8)
暖まった空気を残して二人がステージを去ると、ステージ周りのテレビカメラが所定の位置にスタンバイして、収録のスタートを知らせた。
本番三十秒前!
フロア・ディレクターの声に場内が完全な無音状態になる。
三、二、一……
セット中央の扉が勢いよくスライドして真っ白なガス噴射され、あるでんての二人が小走りでステージに現れた。あらんかぎりの拍手とともに裏方のスタッフが指笛を鳴らし、照明の動きに合わせてカメラが前後左右に行き来する。どこかの国の派手な祝祭が始まったみたいな興奮と熱狂だ。
倫子も掌が痛くなるほど手を叩く。
まいどー。あるでんてでーす。
ヒートアップする場内で、レギュラー出演のタレントが続々と現れ、最後に、気恥ずかしそうな表情のゲストが皆に迎えられる。
管楽器の吹奏をメインにした番組テーマ曲が軽やかに流れるのに合わせて、色鮮やかな光線がステージを包み、ブランドものや個性的な衣装を着けた出演者たちが客席に向かって思い思いにお辞儀した。
間髪入れず、テレビ放送と同じ進行でひとつめのコーナーが始まり、セットの後方に掲げられた巨大なモニターがビデオを映し始めた。再生された映像と巧みなナレーションに、観客はオーバーに驚き、笑い、スタジオ全体に、肌触りのいい空気が漂っていく。
倫子は、仕事のこともワカタの存在も忘れて、収録に集中した。日常生活とは別世界のエンタテインメントに夢心地でのめり込んでいる。
あるでんての淀みないトークが生放送ばりに収録のテンポを上げ、滑らかなセットチェンジの後で、番組はあっという間にクライマックスになった。
さぁ、次は今週から始まる新コーナーだよ。
パプリカみたいな黄色のスーツを着たあるでんて太麺が声高に宣言した。
倫子が観覧に誘われた理由となった新コーナーだ。お披露目されるものは、ここに座る者たちとテレビの視聴者に受け入れられるだろうか。きっと、ワカタはスタジオのどこかでドキドキしているにちがいない――強い照明と人いきれで、倫子は額に汗をにじませ、胸の内側の虫が息を吹き返したようにおもむろに這い出すのを感じた。
瞳に映る愛情の対象はなぁーに!
イエーイ! ドンドンドンドンドン!
顔面を白塗りにしたあるでんて細麺が足を激しく踏みならすと、身をかがめた太麺が興奮した野猿みたいに、細麺の周りをクルクル回り始める。
このゲームはめちゃくちゃ簡単です。ある芸能人四人に「あなたがいちばん愛しているもの」、つまり「愛情の対象」を聞きました。それが瞳の中にだんだん映っていきます。
……まずは、オープン!
あるでんて太麺の威勢のいい合図で場内が暗くなり、スクリーンに四つの物体が現れた。それぞれが卓球台くらいもある巨大なもので、真っ黒な瞳が三つと薄茶色の瞳がひとつ。解像度の高い映像のため、同じ黒色でも微妙な色の濃淡がしっかり見て取れ、やがて、まつげと瞼と白目部分も映し出されていくと、似ているようでまったく異なる四つの目になった。
さぁ、リアルなたくさんの目がみんなの前に現れましたよぉ。
……さらにダン!
細麺のトークを受けた太麺の掛け声で、それぞれの瞳の中に何かの映像が浮かび上がってきた。同じ程度のぼやけ具合で、点がさまざまな太さの線になり、線が平面を作りながら一定のスピードでかたちをなしていく。番組の力の入れようの分かるCGで、カエルの卵から孵ったおたまじゃくしが新種の生物に変容していくような幻想的なものだった。
さぁ、タレントの皆さんの「愛情の対象」が映し出されてきましたよぉ。うわっ、エグいのもありますね。太麺さん、ひとつずつ説明してもらえますか。
はいはい。まず、いちばん右……ええカンジのおじいちゃんの笑顔が瞳に映ってますねぇ。見えますか? カメラさんぐーんと寄ってください。おじいちゃん、こりゃ総入れ歯です。いらんもんまで正直に映ってますねぇ。
(6/8へ続く)
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