短篇小説「瞳に映る愛情の対象」

瞳に映る愛情の対象(4/8)

収録終了後に一階のロビーで待っていてください。ワカタ

隣席や後ろの女性に覗き見られないよう、メッセージの紙を元どおりに折りたたんだ倫子は、ステージ周りのスタッフの中にワカタの姿を探したが、どこにも見当たらなかった。

みなさん、こんにちはー！　「いけいけ！あるでんて」の収録にようこそぉ。

予告もなしに銅鑼の音が響くと、アロハシャツに短パンのふたりの男がステージの中央に駆けてきた。ひとりは背が低い坊主頭。ひとりは長身のアフロヘア。マンガの世界でも描かれない凸凹コンビだ。

どおーもぉー。番組の前説をさせていただきますハラペコブラザーズです。

あたしがハラペコ。

あたしがブラザーズ！

……って、こら！　なんでひとりなのにブラザーズやねん。

まぁ、そんなワケでね……今日も、仕事のないヒマな皆さんがぎょうさん来てくれましたなぁ。

おい、こら、待てや、言い過ぎやろ。

あー、そやったそやった。失礼。土曜日なのに遊び相手のない寂しい人たちが……ほんま、ありがとな！

こら！　だから、言い過ぎやねん。

本番前で、笑いの沸点を低くしている観客が坊主頭のボケに体を揺らす。

凸凹コンビは、携帯電話の使用やカメラ撮影の禁止、本番収録中のマナーや拍手の方法を手際よく伝えつつ、テンションの高いトークで客を笑わせた。

えー、ところでね。この番組のほんまのテーマを知ってまっか？　知ってるお客さん、手上げてくれますぅ？

アフロヘアの問いかけに、観覧席のほとんどの者が視線を動かして、挙がる手を探す。

あらー、知りませんのぉ？　ほんまに誰も知りませんのぉ？……そうです、こんな番組にテーマなんかありまへんよぉ！

こらこら！

笑いのウェーブがまた起こる。

いえ、ウソウソ。ホンマのテーマは「家族愛」なんやで。笑わせるやろ、「いけいけ！あるでんて」のテーマが、か・ぞ・く・あ・い、やて。

ホンマか、それ？

そう、実はな、人気のコーナーって、だいたいが「家族」をキーワードにしてるんや。

ほぅ、前説やって１年半……まったく気づかんかったわ。

真夏の太陽みたいな照明が外の季節を遠ざけるなか、客席の誰もが彼らの説明に耳を傾けている。

倫子も膝に手を置いて、ステージを見つめ続けた。

「家族愛」……言われてみれば、そうかもしれない。ありきたりのバラエティにはない、見終わってしばらくしても、心の中に小さな石を置かれた感じがする――実演販売の口上に感心するように、倫子は独り頷く。

この番組の構成作家のワカタさん……

あー、あの兄弟力士のな。

そりゃ、ワカタカやろ。古いなぁ、おい。ワカタや！　ワ・カ・タ！

ほいほい、ワカッタで。ワカッとるでぇ。ワ・カ・タさんやろ。知っとるがな。

皆さんは知ってまっか？　売れてまっせー、この作家さん。

……で、そのワカタさんとあるでんてが番組のコーナーを考えてるんやけど、この三人、全員が揃いも揃ってマザコンやねん。

ほんまかー。おかんのこと大好きなんかー。親子揃って、もうええ歳やろ。

ま、家族愛に繋がるその辺の裏事情もマメ知識で頭に入れながら、番組を最後まで楽しんでってくださーい！

マザコンと家族愛って……どんな裏事情やねんっ？

以上、ハラペコブラザーズでしたぁ。

(5/8へ続く)