瞳に映る愛情の対象(3/8)
応募当選者向けの観覧ハガキには、テレビ局に隣接した集合場所と時間、最寄り駅からのアクセスが書かれていた。いったいどんな場所での観覧なのか。劇場なんかの座席は大きなカラダと相性が悪く、これまでの人生でなるべく避けてきた。できるだけ後ろの、いちばん端の場所がいい――そう、倫子は思う。
まぁ、どんな状況でもテレビを観るつもりで観覧しよう。どうせ、周りは他人だけ――白のボタンダウンシャツとジーンズ、それに厚手のパーカーというカジュアルな服装を選び、ショートヘアの髪をドライヤーで乾かしてから、倫子は仕事と同じメイクで自宅の鍵をかけた。ワカタからの誘いということも、非日常的な外出ということもあえて意識せずに、休日のリラックス気分を装った。
私鉄からJRの山手線に乗り継いで新橋駅に向かう。そこから出ている「ゆりかもめ」という電車の停車する街にテレビ局がある。
車内は四人席が向き合う造りで、カラダの大きな倫子にとっては遊園地の乗り物に思えるほど狭いスペースだった。前に座る老人の膝に脛が触れて日常生活にない緊張を強いられた。若者たちのおしゃべりや子どものはしゃぎ声を聞いて、コーヒーショップの稼ぎ時の土曜日に初めて有給休暇をあてたことを倫子は後悔する。
駅に着き、案内表示に任せてコンコースを行くと、一般道に繋がる階段の降り先にすでに長い列ができていた。先頭に番組のロゴの描かれた旗があり、その先にテレビ局の入り口が見える。
ワカタから譲り受けたハガキをバッグから取り出し、倫子は最後尾に並んだ。太文字で記された集合時間まで、あと五分。一息ついて後ろを振り返ると、同じ電車でやって来たのか、いくつかの若い女性のグループが列を長くしていた。
秋の太陽が雲間でシルエットをぼかし、冬の到来を思わせる風が背中側から吹きつけてくる。
それでは移動しまーす!
スーツの左腕に腕章をつけた男がメガホン越しに発すると、キャラバンは間隔をつめて静かに動き出した。倫子以外のほとんどは連れがあり、バーゲンセールの会場に向かうように、人影が建物に吸い込まれていく。
土曜日で無人状態のエントランスロビーを横切った来訪者たちは、やがて、3台のエレベーターに分かれて収録スタジオを目指した。テレビ局に入ること自体が初めての倫子には、小学校の社会科見学みたいに、見るものすべてが新鮮だったが、女性ばかりがすし詰めになったエレベーターでは気持ちが萎えた。皆が押し黙るなか、自分のカラダの大きさがことさら目立ってしまったからだ。
やっぱり、今日は店に出るべきだった。番組はテレビで観ればいい――倫子は下唇を小さく噛む。
屏風状の分厚い板が四方八方を区切るスタジオの中は、垂れ下がった遮幕が通路を狭くしていた。一列になって暗がりを抜けた来訪者たちは、乱暴に飛び交う声に近づきながら、手をかざすほど眩しい空間に遭遇した。
原色でデコラティブなステージが強いライトを浴びて輝いている。
軽い素材でできているとは思えない装飾は美術スタッフの努力の賜物だ。どれくらいの時間とお金をかければこんな非現実的な世界が完成するのか――テレビの前では思いもしない疑問が倫子の頭に浮かび、気持ちがだんだん高揚していく。
来訪者である観覧者たちは係員の指示に従い、指定された場所に順々に腰を下ろしていった。倫子の席はステージに向かって右側の後ろから二番目。いちばん端の席だったことに安心して周りを見回すと、何人かの女性がコンパクトミラーで自分の顔をチェックしていた。
階段状の観覧席なので、後ろに気を遣わなくていい。前方の席と違ってテレビに映る心配もない――倫子の表情がようやく柔らかくなったとき、「お客さんの中で、ハヤマさんはおりませんかー? ハヤマリンコさんはおりませんかー?」と、髪をポニーテールにしたスタッフの男がステージの中央で客席を見渡して叫んだ。
聞き間違うことのない自分の名前がいきなり呼ばれて、倫子は反射的に「はい!」と声をあげた。振り向いた女性たちの視線とともに、場内が一瞬だけ静まる。
業務連絡。業務連絡です。ハヤマさんにメッセージを預かっておりまーす。男は、芸人ふうの呼びかけで倫子に近づき、小さく折りたたんだ紙を手渡した。
顔を火照らせた倫子は、男がインカムマイク越しに何かを伝えながら舞台袖に消えていくのを見送ってから手紙の内容を確認した。
(4/8へ続く)
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