第12話 侵化種


「ひへへ……無駄な抵抗はやめとけよ。所詮『神化種ディヤウスに過ぎないお前らと、『侵化種ウォーデン』の俺様とじゃ勝負にならねぇよ」


 チンピラ男が傷つき倒れている天馬達を嘲笑いながら、破壊され尽くした境内に降りてくる。勿論片腕には相変わらず気絶した茉莉香を抱えたままだ。


「ウ……ウォーデン、だと?」


 何とか上体だけを起こした天馬が、疲労と消耗に霞む目でチンピラ男を睨み付ける。その横で同じように上体だけ起こしたアリシアが苦い顔つきになる。



「……『侵化種ウォーデン』とは……『神化種ディヤウス』が更に邪神の浸食・・・・・を受け入れる事でより強力な力を得た……言ってみればディヤウスの強化版・・・とても言うべき存在だ」



「な……強化版!? ディヤウスの……!? って事はアイツも……?」


 天馬は驚愕の表情でチンピラ男に視線を戻す。男は得意気な顔になって胸を張った。



「おおとも! 俺様は我妻あづま恭司きょうじ! 建御雷たけみかづちの力を受け継ぐディヤウスよ! 俺様の雷撃……痺れただろ?」



「た……建御雷、だと? お前が……?」


 神社である茉莉香の家と幼い頃から親交があったので、天馬も日本古来の神話について多少の知識はある。雷の神、そして剣の神でもある戦神だ。それがよりにもよってこんな自制心の欠片も無さそうな男に力を与えたと言うのか。


「あの男が今のような性格になったのは、間違いなく邪神の影響……ウォーデンとなってからであろう。奴を守護していた神は……邪神の浸食に敗れたのだ」


「……! 守護神が……邪神の浸食に敗れる!? そんな事があり得るのか!? それじゃいつかは確実に……」


 邪神たちに浸食され尽くしてしまうのではないか。ディヤウスは唯一奴等に対抗できる存在ではなかったのか。



「……ウォーデンもプログレス共と同様、男しかいない・・・・・・。邪神の浸食を受けるのは男だけ・・・という前提条件はディヤウスでも変わらないのだ」



「……!」


 ならばアリシアや茉莉香のような女性のディヤウスはとりあえず邪神の浸食を受ける心配はないという事か。彼女が以前、性別が重要な前提条件となると言っていたのはこれが理由だったのだ。


「そういうこった。つまりウォーデンとしての栄光と恩恵・・・・・に与れるのは男だけって訳なのさ。東京には既に俺達のユートピア・・・・・が出来つつある。世界中から色んな同志・・が集まってな! ウォーデンの力を使って好き放題できる俺達の王国が間もなく出来上がるのさ!」


「な……!?」


 突拍子もない話に目を剥いた天馬がアリシアの方に確認するような視線を向けると、彼女は苦虫を噛み潰したような顔で頷いた。つまり我妻の言ってることは事実なのだ。


 我妻は腕に抱えた茉莉香を引き寄せる。



「そしてこの女は俺達の『王』のに選ばれたんだよ。まだ未覚醒とはいえ天照大御神のディヤウスとなりゃ、大日如来・・・・のウォーデンである『王』とも釣り合いが取れるからな」



「――――っ!!」


 一瞬何を言われたのか解らなかったが、意味が理解できるにつれて天馬の中に激烈な憤怒が込み上げる。


「てめぇ……ふざけんなよ。今すぐ茉莉香を離しやがれ……!」


 天馬は自身の傷や消耗も厭わずに立ち上がる。寝ている場合ではなかった。


「お? 何だ、お前、やっぱこの女に惚れてんのかよ? 残念だったなぁ。こいつはもう『王』のモンだ。てめぇは1人でシコってな! ああ、何だったらその色っぽい外人のねーちゃんに世話してもらえよ。ひゃははははっ!」


「……っ! てめぇぇぇぇぇっ!!」


 下品な哄笑を上げる我妻に切れた天馬は、その時だけは全身の傷やダメージが沈黙したように猛烈な勢いで突進した。



「ひはは! 切れてんじゃねぇよ、馬鹿が!」


 我妻はまだ天馬と距離があるにも関わらず刀を振り下ろした。すると刀身から雷の束が刃の軌道に合わせて発生して天馬に襲い掛かる。のたうつ雷の蛇が天馬に迫るが……


「ふっ!!」


「……!」


 天馬は大きく斜め方向に前転しながら雷の蛇を回避する事に成功した。我妻が僅かだが目を瞠る。


「うおぉぉぉっ!!」


 回転しつつ即座に立ち上がった天馬は、その隙に刀を構えて我妻に吶喊しようとするが……


「てめぇ、学習能力がねぇのかぁ?」


「……っ!」


 我妻は再び茉莉香を盾にするように天馬の刀の前に晒す。勿論奴の目的も茉莉香である以上、盾にする行為はハッタリであるはずだ。頭ではそう理解していた。理解していたが身体・・は条件的に反射してしまう。天馬の動きがガクンと停滞する。


「ひゃははっ!」


 そしてそんな隙を敵が見逃すはずがない。我妻が今度は横薙ぎに刀を振るうと、再び刀から雷の束が発生し、至近距離から天馬を打ち据えた。


「があぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!!」


 野獣のような呻き声を上げて吹き飛ばされる天馬。完全にボロ雑巾のようになって地面に転がる。



「テンマッ! く……」


 アリシアが歯噛みする。彼女はまだ最初の雷撃を受けたダメージから立てずにいた。天馬も同じダメージを受けていたはずだが、彼は怒りと気力だけで立ち上がっていたのだ。だがそれも虚しく打ち払われた。


「ぬ……ぐ……!」


 その天馬はズタボロになりながらも尚立ち上がろうとしていた。だが流石にダメージが大きすぎて、気力だけでは支えきれずに足掻くのみとなっていた。



「無様だなぁ? 何だったらお前もウォーデンになってみるか・・・・・・?」



「……っ!?」


 天馬が目を見開いて硬直する。それを見て我妻の笑みが深くなる。


「男のディヤウスなんだから、その気になりゃお前だってウォーデンになれるはずだぜ? 【外なる神々アウターゴッズ】の種子は目に見えずにそこら中に漂ってるんだ。お前さえそれを受け入れる気になれば、すぐにウォーデンに進化・・できるさ」


「お、俺が……ウォーデンに……?」


 天馬が呆然と呟く。ウォーデンになれば確実によりパワーアップできる。そうすれば我妻から茉莉香を取り返す事が可能になるかも知れない。


「テンマ、耳を貸すな! ウォーデンになれば確かに強くはなるが、それまでの人格は失われるに等しい。お前はお前では無くなってしまうのだ! マリカを取り返そうという気さえも――」


「うるせぇ! 女は黙ってろやっ!」


 叫ぶアリシアに苛立った我妻が、細い電光を彼女に向かって飛ばす。


「……っ!!」


 アリシアが声にならない悲鳴を上げて吹き飛ぶ。死んではいないようだが気絶してしまったらしく静かになる。


「あんな女の言う事に耳を貸すな。ウォーデンになるのは最高の気分だぜ? 今まで自分が悩んでいた事が全部馬鹿らしくなる。お前も【外なる神々】を受け入れて、自分に素直になりゃいいのさ」


「お、おぉ……俺は……俺は……」


 天馬は動揺したように声を震わせる。現状を打破するにはウォーデンになるしかない。そうしなければ茉莉香を取り返せない。茉莉香を取り返し、自分の家族を殺した我妻に復讐してやりたい。怒りと……憎しみが天馬の心に沁み込む。



「……!」


 すると彼は急に周囲に漂う異質なエネルギー・・・・・・・・を感知できるようになった。


(これが……邪神の種子?)


 確かに我妻の言うように、そこら中をフワフワと漂っている。まるで花粉か何かのようだ。


 女性はこれを吸い込んでも恐らく何の影響もないのだ。だが男がこれを吸い込んで邪悪な精神に発芽すると進化種プログレスになる。そしてそれが神化種ディヤウスの男であった時は……



「…………」


 天馬は無意識にその異質なエネルギー体を自分に取り込もうと、大きく息を吸うような動作をしかけ……



「天馬…………駄目だよ」



「――っ!? ま、茉莉香……!?」


 弱々しくも聞き慣れた声が耳を打ち、天馬を正気・・に戻した。

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