第11話 謎の男

「……!」


 本殿の前に何人かの人影。いずれも見覚えのある黒いコートを羽織っている。だが帽子は被っておらずその顔を露出させていた。それらは魚であったり、烏賊であったり、蟹であったりと種類は違うが全て水生生物の特徴を持った顔をしていた。


 あの学校を襲撃してきた奴等と同じ……プログレス共だ。奴等は走ってくる天馬達に気付くと、その身体から魔力を発散させて迎撃態勢を取ってきた。


「プログレス共だ。突破するぞ!」


「おうよ!」


 天馬は早速譲り受けたばかりの刀を握り締める。まずアリシアが先制攻撃で、目にも留まらぬ速さで抜いたリボルバーから何条もの光弾を発射する。先頭にいたプログレスが身体を撃ち抜かれて倒れ込む。しかしそれを乗り越えるようにして他の連中が殺到してくる。


 烏賊のような頭をしたプログレスが腕を振るうと、その腕が異様に伸びて鞭のように撓り天馬を襲う。人間であれば腕の先端が消えたかと錯覚する程の速さ。しかしディヤウスに覚醒した今の天馬にとっては、意識を集中させればその先端が見切れるくらいの速度に感じた。


「ふっ!」


『……!』


 相手の攻撃に合わせて【瀑布割り】を振るう。刀は初めて使うとは思えないくらい手に馴染んで、まるで天馬の身体の一部のように自在に動いた。


 刀の切っ先は正確にイカ男の触手を迎撃して逆に斬り落とした。腕を斬られたイカ男が怯む。


「退けェェッ!!」


 すれ違いざまに刀を一閃。イカ男の首を一撃で切断した。学校ではあれほど苦しめられたプログレスをあっさりと倒した。ディヤウスに覚醒したてである事、新しい強力な武器を手に入れた事、肉親を殺された怒り、そして茉莉香を守らねばという強い意志……。それらが合わさった相乗効果により、天馬の力は現在最高潮と言って良いまでに高まっていた。


「おおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 他のプログレスたちが様々な攻撃手段で襲い掛かってくるのを、天馬は気合の咆哮と共に次々と迎撃していく。勿論後方からはアリシアの神聖弾による援護もある。


 その結果、立ち塞がっていたプログレスたちを僅か数分で撃滅する事が出来ていた。



「……君の荒々しい力は正直空恐ろしいな。これほどの潜在能力を見過ごしていたとは、私の目や感覚も節穴であったな」


 アリシアが自嘲気味にかぶりを振るが、今は付き合っている余裕がない。


「茉莉香はこの奥だ。行くぜ!」


 炎に包まれた本殿の中に躊躇いなく踏み込んでいく天馬。勿論アリシアもそれに追随する。



*****



「茉莉香ッ!!」


 本殿に踏み込んだ天馬達が見た物は……



「……あぁ? 何だよあいつら、クソの役にも立たねぇな。こんな奴等の足止めも出来ねぇのかよ」



「な……何だ、てめぇは!?」


 天馬が怒号を上げる。そこには確かに茉莉香がいた。しかし気を失っているらしく、ぐったりと脱力して……謎の男・・・に身を預けていた。


 気絶した茉莉香を片手で抱えているのは、逆立てた髪を脱色して耳や鼻にピアスをしてパンクなファッションに身を包んだ、見るからにチンピラ風の若い男であった。


 なぜこんなチンピラがここにいて、先程のプログレスたちの上にいるかのような発言をして、そして何故茉莉香を抱えているのか。天馬は一瞬混乱した。


 だがチンピラは空いている方の手に血に濡れた刀を握っており、その足元には身体を切り裂かれて既に息絶えているらしい茉莉香の父親……竜伯の姿があった。あの傷口は戒連が負っていたものと同じだ。つまりこのチンピラが神社の焼き討ちと、戒連や竜伯を殺した犯人という事か。



「てめぇ……誰だか知らねぇが、今すぐ茉莉香を離しやがれ」


 怒気に燃えた天馬が一歩踏み出す。チンピラ男が眉を上げる。


「はっ! 何だ、お前。男なのに・・・・そっち側のままなのかよ? まあまだディヤウスにも覚醒したてみたいだから仕方ねぇがな」


「何だと……?」


 意味深な台詞に天馬が眉を顰める。男だ女だという話は、そう言えばここに来る前にアリシアが何か言い掛けていたような……


 ――バシュゥゥゥッ!!


 そのアリシアがチンピラ男に向けて容赦なく神聖弾を連続して撃ちこむ。凄まじいまでの早業だ。


「へっ!」


 だが驚くべきことにチンピラはその見た目とは裏腹の恐ろしいまでの速さの剣捌きで、アリシアの神聖弾を全て斬り払ってしまった。……左腕に茉莉香を抱えたままの右腕一本の刀捌きで、だ。



「テンマ! 話は後だ! 今はマリカの救出を優先しろ!」


「……! ああ、そうだな!」


 天馬は頷くと、チンピラに向けて一気に突進する。確かに今は茉莉香の救出が最優先だ。疑問など後回しで良い。


『鬼神三鈷剣!』


 天馬の身体から赤い光が噴出し、それが剣の形となって彼の持つ刀を覆い尽くす。無手だった学校の時と違い指向性を得た神力は、より強固により鋭利になってチンピラ男に斬り付けられる。男の正体は解らないがあのプログレスたちの仲間で、かつこのような事を仕出かして戒連たちを殺め、茉莉香に狼藉を働いている人物だ。


 遠慮はいらない。プログレスたちと同じ扱いで人間と思わず斬り捨てるのみだ。だが……


「はっ! 馬鹿が!」


「……っ!」


 チンピラが左腕に抱えた茉莉香を、まるで盾にするように押し出した。天馬の動きが思わず停滞する。その隙を突いてチンピラが刀を振り上げた。


『布都御霊剣!』


「な……!」



 チンピラが叫ぶと奴の持つ刀が眩いまでの雷光・・に覆われた! 元の刀の輪郭が解らなくなるほどの雷光が刀身を覆い尽くしているのだ。天馬が目を瞠った。



「おらっ!」


 チンピラ男が雷の剣を振り下ろしてきた。天馬は咄嗟に自身の剣でそれを受ける。


「ぐっ……!?」


 そして凄まじい圧力に思わず片膝を着いてしまう。男の怪力も雷の剣の圧力も……天馬が渾身の力を込めて押し返そうとしても全く動かなかった。ディヤウスに覚醒したはずの天馬が。


 いや、それどころか徐々に押し負けて、受け止めている剣が下がってくる。剣自体もまるで悲鳴を上げているかのように赤い光が明滅する。


「テンマッ!」


 天馬の苦戦を見たアリシアが再びクイックショットでチンピラを狙い撃とうとするが……


「ふんっ!」


「がは……!?」


 片膝立ちで釘着けにされていた天馬の腹にチンピラの蹴りが叩き込まれる。内臓が潰れたと錯覚するほどの衝撃に、彼は吐瀉物を吐き散らしながら吹き飛ばされる。そして吹き飛ばされた先には銃を構えていたアリシアがいた。


「何!? ……ぬぐっ!」


 衝突した2人はもんどりうって共に本殿から転げ落ちる。



「ひはは! 雑魚共が! これでも喰らいなぁっ!」


 2人をまとめて吹き飛ばした事で距離が開いたチンピラは雷の剣を頭上に掲げると、反動を付けて一気に横薙ぎに振り抜いた。


『布都轟雷衝!!』


 横薙ぎに払われた雷の剣から膨大な量の雷光の束が迸り放射状に広がった。それは天馬達だけでなくこの神社の境内をまるごと覆い尽くそうかという程の攻撃範囲であった。2人は逃げ場も無く咄嗟に防御するものの、まともに雷の嵐に晒される羽目になった。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」


「ぐぅぅぅぅぅぅ……っ!!」


 天馬とアリシアは本能的に身体から神気を放出させて己を守った。荒れ狂う稲光が2人を打ち据える。凄まじい轟音が鳴り響き、まるで境内に雷の龍が暴れ回っているかのようであった。


 そして2人にとって永遠とも思える時間が過ぎ、ようやく稲光が収まった。


「ぐ……」「くっ……」


 必死に耐え続けていた天馬とアリシアは、その苦痛から解放されて脱力したようにその場に倒れ込む。境内はまるで爆撃機の空襲にでも遭ったかのような有様となっていた。 

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