第10話 終わりなき脅威

 街の外れを山に向かってかなりの速度で駆け抜けていく3つの影があった。天馬と茉莉香、そして金髪のカウガール、アリシアである。


「だ、大丈夫なの? あいつら追って来ないかしら!?」


 茉莉香が走りながらもしきりに後ろを気にする。だがアリシアはかぶりを振った。


「とりあえずは大丈夫だろう。奴等・・は余り衆目の目に晒される事を好まない。今は日中だし、あの結界から出てしまえば奴等もそう大胆な行動は取れないはずだ」


 彼女はそう説明してから少し暗い表情になる。 



「済まなかったな、2人共。私がもう少し早く駆け付けられていれば……」


 アリシアが疾走しながらも息を乱す事無く2人に向かって謝罪する。やはり疾走しながら天馬はかぶりを振った。


「いや、いいさ。悪いのは間違いなくアイツらだしな。どのみちあんな数で来られてたんじゃ、アンタ1人が来てもあの被害は防げなかっただろ」


 天馬の言葉にアリシアは自嘲気味に口の端を歪めた。


「それを言われると痛いな。まさか『進化種プログレス』共があれほど迅速に、かつ徹底的な襲撃を仕掛けてくるとは想定外であった」


「プログレス?」


 聞き慣れない単語だが、文脈からするとあの魚男や他の黒コート達の事だろうか。アリシアが頷いた。


「この星を浸食している邪神共の種子・・をその身に受け入れた眷属どもだ。どんな容姿や能力になるかは大元となる邪神ごとに異なるようだがな。基本的に元は人間であったが、邪神の支配を受け入れた事で異形の姿と超常の魔力を得ている。それはお前達も既に体験したな?」


「……! ああ、確かにな」


「あ、あれが……元は人間?」


 頷く天馬の横で茉莉香が身を震わせる。先程までの恐怖を思い出しているようだ。


「信じられんだろうが、そうだ。といっても邪神に洗脳されれば誰でもプログレスになる訳ではない。ある程度邪神たちと波長が合う・・・・・者でなければならんらしい」


「波長が合う?」


「……この星を浸食して、やがては人類や生けとし生きる者全てを根絶やしにしようという邪神共と波長が合う……。まあどういう性格の人間達かはお察しという所だな」


「…………」


 いわゆる凶悪な犯罪者達のような人種という事か。あの魚男も含めた黒コート達は元から悪人だったという訳だ。


「それ以前に、プログレスに選ばれるのには一つ重要な前提条件・・・・・・・が存在する」


「前提条件?」


 先程からオウム返しに尋ねるだけになっている天馬である。だが何分ディヤウスに覚醒したばかりだし、色々解らない事が多すぎたのでどうしようもない。



「ああ。邪神共の種子を受け入れてプログレスになるのはだけだ。逆に言うと女のプログレスというものは存在しない」



「……! そう、なのか?」


 確かにあの魚男は天馬が無意識に魚『男』と認識したくらいには、明らかに男性であった。そうなると他の黒コート達も皆男性という事になる訳か。尤も天馬達にとってみれば奴等が男だろうが女だろうが大差はない。何故それが重要な前提条件となるのだろうか。


 その疑問が顔に出ていたのだろう、アリシアが少し言いにくそうな様子になる。


「うむ、それはだな……」



「――っ!? て、天馬、あれ……!!」


 彼女が何か言い掛けた時、それまで黙っていた茉莉香が山の方向を指差して叫ぶ。天馬もすぐにそれを認識した。


「な……」


 山の中腹辺りから火の手が上がっていた。それはここからでも見える程の規模であった。何よりも丁度火の手が上がっているのは、茉莉香や天馬の実家・・がある辺りであった。茉莉香の顔が青ざめる。


「お、お父さん……!?」


「あ、おい! 茉莉香!」


 茉莉香がスピードを上げて全力疾走の勢いで山に入っていってしまう。天馬が呼び止める間も無かった。


「マリカを1人には出来ん。我等も行くぞ!」


「解ってる!」


 どのみち向かっていた場所だ。天馬とアリシアも茉莉香を追って、全速力で山を駆け上っていった。



*****



 山を駆け上った天馬達は目の前の光景に絶句した。


「神社が……燃えている!?」


 茉莉香の実家である【護国天照宮】が業火に包まれ激しく燃え上がっていた。階段の下からでもそれが見えた。茉莉香の姿が無い。既に階段を昇って神社に入っていってしまったようだ。


 天馬とアリシアも互いに顔を見合わせて頷くと、すぐに猛烈な勢いで階段を昇って境内に入る。そこで見た光景は……



「お、親父……!?」


 天馬が予想もしていなかった人物が境内で倒れていた。その身体は何かによって切り裂かれて血まみれになっていた。天馬の父親……戒連はその手に真剣と思われる太刀を握ったままだった。


「お、おい、親父!? しっかりしろ! 目ぇ開けろよ、親父ぃ!!」


「これは……酷い。深い切り傷と同時に火傷まで……」


 2人は戒連に駆け寄って介抱する。すると彼はうっすらと目を開けた。


「う、うぅ……て、天馬、か……」


「親父! こりゃ一体どういう事だよ!? 何で親父もここにいんだよ!?」



「天馬……許せ。儂も、竜伯も……いつかこういう日が来ると、解っていた……。だからお前に、何としても鬼神流を、伝授しておきたかった……」



「……!! 親父……」


 つまり竜伯だけでなく戒連もまた『神化種ディヤウス』の事を知っていたのだ。そしてこの星を蝕む邪神たちの事も……。


 戒連が異常とも思える程の厳しい修行を息子に課してきた理由もここにあったのだ。だがそれを知ってももう天馬の心に動揺はなかった。むしろこんな事になるならもっと真面目に修行をしておくんだったという自責の念すら芽生えた。



「親父……茉莉香は?」


 天馬は込み上がってきたあらゆる思いを飲み込んでそれだけを聞いた。戒連が負っている傷が致命傷である事は感覚で解った。あの学校での体験やディヤウスへの覚醒を経て、天馬の精神も鍛えられていた。


「本殿に……向かった。あの子を助けて、やれ……」


「ああ、勿論だ」


「最後に……これを、持っていけ。今日から、お前の物だ」


 戒連は右手に握っていた太刀を天馬に渡す。それは暁国寺に先祖代々伝わる家宝である名刀【瀑布割り】。銘は戦国時代当時、小笠原家の祖先が打たれたばかりのこの刀を使って、大きな滝の瀑布を一太刀で斬り裂いたという逸話から来ているらしい。


 戒連は腰に帯びていた鞘も手渡してきた。黒い重厚な造りの鞘で、【瀑布割り】にピッタリと誂えられている。


「茉莉香を……そして、この星を……頼、む……」


「親父……ああ、解ったぜ。後は俺に任せとけ。だから……ゆっくり休んでくれ」


 余計な事は一切言わずに請け負った。戒連は最後にフッと微笑みながら、ガクッと力尽きて動かなくなった。



「……! く……」


 父の死を悟って天馬は僅かに声と身体を震わせる。アリシアが少し言いづらそうに促してくる。


「テンマ……父君の冥福を祈る。だが辛いだろうが、今は……」


「……ああ、解ってるぜ。茉莉香の所に行かねぇとな」


 天馬は頷くと戒連の遺体をそっと地面に置いた。そして受け取ったばかりの刀と鞘を握って立ち上がった。その目には既に悲しみは無く、代わりに猛烈な怒りと決意の色があった。


 最後にもう一度父親の遺体に目を向けてその冥福を心の中で祈ると、後は振り返らずにアリシアと共に神社の本殿に向かって駆けて行った。

 

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