第7話 戦い抜く決意
「な、何だ、てめぇは……?」
『……小僧ガ。楽ニ死ネルト思ウナ』
その声に僅かに怒りを滲ませた黒コート……魚男が、天馬に向かって手を翳す。
「……っ!」
本能的に危険を感じた天馬が咄嗟にその場から飛び退く。一瞬の後、彼がいた場所の
(受けに回ったらヤバい……!)
そう判断した天馬は敢えて逃げずに自分から踏み込む。そして今度は魚男のコートに包まれた胴体目掛けて突きを繰り出す。だが魚男がもう一方の手を軽く振るうと、鉄棒が半ばから細切れに裁断されてしまう。
「……!!」
『死ネ……!』
魚男が間髪入れず追撃してくる。高く振り上げた魚じみた手を一気に振り下ろす。
「ちぃ……!」
天馬は再び横に跳んで躱そうとするが、武器を失った反動で僅かに回避が遅れた。その結果、鮮血が舞った。左肩がザックリと切り裂かれて大量の血が噴き出す。
「ぐぁぁ……!!」
「……っ! 天馬!?」
激痛と衝撃に呻いてその場に片膝をつく天馬。半分虚脱していた茉莉香が、天馬の負傷に正気に戻って叫ぶ。
「ひ、ひぃぃぃ! もう嫌ぁっ!!」
「助けてぇぇぇっ!!」
頼みの綱だった天馬が重傷を負う姿に絶望した女生徒達が、半狂乱になって叫びながら職員室から走り出て行ってしまう。
「あ、駄目!」
茉莉香が叫んだ時にはもう遅かった。当然廊下にもまだ骨クモ達が蔓延っているのだ。廊下の先から恐ろしい絶叫が聞こえてきて、すぐに静かになった。
一方、天馬を無力化したと判断した魚男がターゲットを茉莉香に戻す。彼女の方に向き直って近付いていく。
「……っ! 茉莉香、逃げろ!」
「て、天馬、ダメ……。腰が……」
この惨劇の原因が自分であった事、魚男の殺気に当てられた恐怖、そして守っていた友人達も結局誰も助けられなかった事……。それらの精神的ショックが重なって、遂に気丈な少女の心が折れてしまったようだ。
その場にへたり込んで立ち上がれない様子の茉莉香に、天馬は割れんばかりに歯軋りした。彼自身も当然ながらこんな重傷を負ったのは生れて初めてであり、とても武器を取って戦える状態ではなかった。
魚男はそんな天馬を差し置いて無情にも茉莉香に近付いていく。こうなったら戦えないなどと言っていられない。
「待てや……てめぇ……!」
天馬は出血で青白くなった顔で強引に立ち上がった。足はふらついて視界が霞む。今すぐ病院に行って治療を受けないと危険な状態だ。だがそんな事は知った事ではない。ここで彼が動かなければ茉莉香が死ぬ。それは自分が死ぬより遥かに耐えられない事だった。
「うおおぉぉっ!!」
『……!』
天馬は咆哮しながら魚男にタックルした。そして右腕で奴にしがみ付く。
「て、天馬……」
「茉莉香ぁ! 逃げろ! 頼むから逃げてくれ!!」
天馬が文字通り決死の覚悟で叫ぶが、茉莉香は相変わらず腰が抜けたままでその場から動けなかった。そして……
『シツコイ小僧ガ……!』
――ドシュッ!!!
「――――」
苛立った魚男の腕が……天馬の
「て、天馬? 天馬ぁぁぁぁっ!! いやあぁぁぁぁぁぁっ!!」
茉莉香が叫んでいる声もどこか遠くに聞こえる。手足の末端から痺れて感覚が消失していく。視界が急速に暗くなっていく。彼は自分が死ぬのだと悟った。
だが彼はその事実をどこか遠い出来事のように感じた。感覚がマヒしているのか痛みも感じなかった。それよりは結局茉莉香を助けられなかった事の方が心残りであった。
(ああ……ごめん、茉莉香。俺が、もっと……強ければ……)
天馬は初めて自分の無力さを呪った。こんな事なら鬼神流の修行をもっと真面目にやっておくんだった。心の底からそう思って、かつての怠惰な自分を後悔した。
だがもう全ては後の祭りであった。無力な人間である自分はもうこのまま死ぬしかないのだ。天馬が緩やかな絶望の中で死んでいこうとした時……
(ああ……何だ、情けない。好きな
(――っ!?)
天馬の
(ここは……!)
天馬は一瞬で思い出した。昨夜見た明晰夢。というよりあれ程明晰な夢を見ておいて何故今まで忘れていたのか。そこまで考えて、その
(ふん、思い出したか? 自分もまた『神化種』であり、しかし儂の話をすぐには信じられない。あの茉莉香という女子に本当の危機が迫ったら、その時は自分の運命を受け入れる。だからその時まで儂と会った記憶は封印しておいてくれ。
(……っ)
目の前に現れた存在からそう言われ天馬は呻いた。全て思い出した。間違いなく彼自身がそう望んだのだ。
この存在が昨夜語った所によると、天馬自身もまた『神化種』であったというのだ。しかしその特性は彼の奥深くに眠っており、今までその片鱗も表出しなかったのだとか。だが昨日
だが茉莉香と今の生活を捨てる決心が付かなかった天馬は、先述の条件を出して一旦
そして天馬自身、この期に及んで最早迷いは消えた。もうこうなった以上自分の運命を受け入れる以外に道はない。例え天馬や茉莉香自身が平穏な生活を送りたくても、
(俺が間違ってた……。頼む、あんたの力を俺に貸してくれ、
目の前にいる存在……不動明王に向かって天馬は心の底から願った。不動明王は呵々として笑った。
(実家で長年信仰してきた本尊をアンタ呼ばわりとは、全く今時の若いモンは……。まあよいわ。人の身で神仏の力を全て受け入れれば身体が
そして超常の力が天馬の内に奔流となって流れ込んできた。
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