第8話 神化種の力

 天馬は覚醒・・した。そして自らの流した血だまりで汚れた床から起き上がった。魚男によって穿たれた傷は塞がっていた。失われた大量の血液はすぐには戻らないが、今現在の行動に支障はないようだ。


 不思議な感覚であった。今なら何でも出来る気がする。修復された身体の奥底から力が湧き上がってくるのが解る。


(これが……『神化種ディヤウス……!)



「え……て、てん、ま……?」


 一方、泣きはらしていた茉莉香は呆然と見開いていた目を更に大きくして、何事も無かったように起き上がった天馬を見つめる。


「茉莉香……ワリぃ、俺が不甲斐ないばかりに辛い思いさせちまって。でももう大丈夫だ。後は俺に任せろ」


「……!」


『何……小僧、貴様……!?』


 一方慌てたのは魚男だ。確かに仕留めたはずの相手が全くの無傷で、しかもそれまでには無かった『気』を発散させながら立ち上がったのだから。



「よう、魚野郎。よくもまあ散々好き勝手やってくれたなぁ? 何の関係もないクラスの皆や学校の人達を虐殺して、茉莉香に辛い思いをさせて、俺達の生活も滅茶苦茶にしてくれた……。勿論覚悟は出来てるよな?」


『馬鹿ナ……コレハ、神気!? 貴様……貴様モ……!?』


 魚男が慄いたように後ずさる。反対に天馬は一歩距離を詰めて獰猛な笑みを浮かべる。


「ああ、そうだよ。てめぇが怖れて覚醒前に始末しようとした『神化種』だよ。てめぇの目は見た目通りの節穴だったって訳だ。『神化種』はここにもいたんだよ。この【不動明王】の小笠原天馬がな!」


『フ、不動明王、ダト……! 馬鹿ナ、アリ得ン、貴様ノヨウナ小僧ガァッ!!』


 魚男が叫ぶと、廊下や窓から大量の骨クモが飛び込んできた。そして一斉に飛び掛かってくる。だが今の天馬にとっては文字通り虫けらのような存在だ。


「邪魔だぁっ!」


 彼は自らの内から湧き出る神気を周囲に拡散して放射する。その波動だけで、邪悪な魔力によって作られた仮初の生命体が跡形も無く崩れ去っていく。そして魚男もまたその波動によって苦痛を感じているかのように身悶える。


『ウギャ!? キ、貴様……』


「いい加減、茉莉香から離れろや!」


 天馬は躊躇いなく踏み込み、神気を上乗せした拳を魚男に打ち込む。魚男は咄嗟に防御するが、天馬の拳が接触した瞬間凄まじい神気が爆発し、その衝撃で魚男は窓から飛び出て校庭まで吹き飛ばされた。



「茉莉香、大丈夫か? 怪我はないか?」


「え、あ……う、うん。私は、大丈夫。て、天馬……天馬なんだよね?」


 茉莉香はまだ信じられないという風に呆然と天馬を見上げている。それも無理からぬ事だろう。他ならない天馬自身が、自分の身に降りかかった事象を一番信じ切れていないのだから。


 だが今はこの現実を受け入れるしかない。そうしないと茉莉香を守る事が出来ない。


「勿論だ。今からあいつをぶっ倒してくる。俺が皆の仇を討ってやる。だからちょっとの間、ここで待っててくれるか。すぐに終わらせてくるから」


「……! うん、解った。待ってる。……気を付けてね?」


「ああ」


 頷いた天馬は彼女の視線を背中に受けながら、この悪夢を終わらせるべく窓から校庭に飛び出していった。




 相変わらず黒い結界に覆われた学校のグラウンドに出ると、既に魚男が臨戦態勢で待ち構えていた。流石にあのパンチ一発で倒せるほど甘くはないようだ。だが天馬はむしろ嬉し気に笑った。


「あっさり死んでもらっちゃ俺の気が晴れない所だからな。てめぇには苦しみ抜いた上で死んでもらわなくちゃな」


『ホザケ、小僧ガ! 如何ニ『神化種』トハイエ、覚醒シタテノ分際デ調子ニ乗ルナヨ!?』


 魚男が怒りの咆哮を上げる。するとまたグラウンドの地面から大量の骨クモが出現した。天馬は鼻を鳴らした。


「おいおい、またか? こんな奴等何百匹いても……」


 そこで言葉が途切れる。骨クモ達は天馬に襲い掛からずに、逆に魚男に対して一斉に飛び掛かったのだ。あっという間に骨の山に埋没する魚男。


「何……!?」


 意表を突かれた天馬が目を瞠る。まさか手の込んだ自殺でもあるまい。その彼の予想を裏付けるように、骨の山が徐々に一つになって巨大なシルエットを形作っていく。


 それは体長が優に10メートル以上はありそうな一体の巨大な骨クモであった。人間の頭蓋骨より遥かに大きい巨人の髑髏から赤黒い煙のような吐息が漏れ出る。



『クハハ……小僧、八ツ裂キニシテヤルゾ』


 巨大骨クモの中からあの魚男の声が響いてきた。どうやら奴が本体としてこの怪物を操縦・・しているようだ。


「……へ、丁度いい。俺の『神化種』としての力を試すのに絶好のサンドバッグ・・・・・・だぜ」


『ホザケッ!!』


 巨大骨クモの姿を見ても尚不敵な天馬の態度に激昂した魚男の叫びと共に、怪物が飛び掛かってきた。その巨体でありながら元の小さな骨クモとは比較にならない凄まじい速度だ。巨大さも相まって恐ろしい程の迫力だ。


 怪物の巨大な鎌の如き前脚が振るわれる。その一撃は狙い過たず天馬に直撃し、彼は物凄い速度で吹っ飛ばされて校舎の壁に激突した。壁が大きく陥没し、砕けた破片が飛散し砂塵が舞う。人間であれば即死は免れない威力だ。


『クハハ、思イ上ガッタ小僧ガ! 口ホドニモナイ! 安心シロ。次ハアノ小娘ノ番ダ。スグニアノ世デ再会サセテヤル』


 魚男の哄笑が響く。が、すぐにその耳障りな笑い声が尻すぼみに消えていく。



「ふぅ……凄いな。これが『神化種』の耐久力か。今の攻撃が精々木の棒で殴られた程度にしか感じなかったぜ。まあ加護を受けてる・・・・・・・存在によって性質も違うんだろうが」


『……ッ!?』


 砂煙の中から何事も無かったように天馬が現れた。人間なら即死級の一撃を受けたにも関わらず、特に大きなダメージを負った様子も無く自分の身体を改めている。


『キ、貴様ァァァッ!!』


 巨大骨クモが再び襲い掛かってくる。今度は両方の前脚を振り上げている。それを見て天馬も自らの両腕を掲げた。


「【鬼神鎧手甲】」


 彼が呟くとその前腕部が赤い光を帯びて、赤い半透明の籠手のような形状に変化する。力の使い方が本能的に解る。これが覚醒・・するという事なのか。


 巨大骨クモが前脚を振り下ろしてくる。今度は天馬もまともに受けずに、腕に作り出した光の手甲でその攻撃を受ける。すると手甲は全く傷つく事も無く、怪物の前脚だけが一方的に砕け散った。


『ガァァァァァァッ!!』


 巨大骨クモがもう一方の前脚を横薙ぎに払ってくる。天馬はそれも避けずに全身で踏ん張って、その薙ぎ払いを手甲で受け止めた。


『……ッ!』


 そしてやはり巨大骨クモの前脚だけが粉々に砕けた。両方の前脚を失った怪物がバランスを崩してよろめく。天馬はその隙に追撃しようと踏み込むが……


『馬鹿メ!』


「……!」


 巨大骨クモの髑髏の口が大きく開き、そこから何か赤黒い霧状の物質を噴射してきた。本能的に危険を感じた天馬は咄嗟に横っ飛びで赤い噴射を躱す。赤い霧はそのまま地面を覆うと激しい蒸気を発しながら消滅してしまった。後にはグズグズに溶けて焼け焦げた地面が露出していた。


 どうやらあの赤い霧は強酸のようなものらしい。それを勢いよく噴射してくるのだ。


『逃ガサンッ!!』


 巨大骨クモは躱した天馬に向けて次々と赤い霧を噴射してくる。天馬はその都度跳んで躱すが、このままでは埒が明かない。幸いというか前脚を失った巨大骨クモは移動に難があるらしく、あまり機敏な挙動は出来ないようだ。ならば……


「【鬼神三鈷剣】!」


 天馬は跳び退りながら右手を掲げる。するとその手の先に光が集まり一本の棒状になっていく。


 それは一本のを形作った。刀とも西洋剣とも異なる不思議な形状の剣であった。その光の剣を手にした天馬は、正面から巨大骨クモに突進する。当然だが彼に向かって赤い霧の噴射が迫る。だが天馬は避けない。


「おおおおぉぉぉぉっ!!」


 気合の叫びと共に光の剣を強酸の霧に向かって振り下ろす。光の剣は強烈なオーラを発して、赤い霧を分断してしまう。そして剣から発せられたオーラが飛び散った霧も消滅させていく。


『馬鹿ナァッ!?』


 魚男が驚愕するが、バランスを失っている巨大骨クモはすぐには回避動作が取れない。


「くたばりやがれェェっ!!!」


 大きく跳び上がった天馬は、大上段に振りかぶった光の剣を一気に振り下ろす。鬼神の加護を得た光の剣は数メートル程もの長さとなり、巨大骨クモの身体を脆い紙細工のように抵抗なく一刀両断にした!



『ウガアァァァァァァァ!! コノ……コノ力ハァァァッ!?』


 巨大骨クモが真っ二つに割れ、中にいた魚男の身体までまとめて斬り裂いた。苦しみ悶える魚男。だが天馬は追撃の手を緩めない。


「止めだぁっ!!」


 姿を現した魚男の胴体に光の剣を突き入れる。剣は強烈な神気を放射し、魚男の身体を内部から燃やし尽くす。


『ギャアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!』


 聞くに堪えないような絶叫を漏らしながら魚男が焼き尽くされていく。 



『イ、偉大、ナル…………ク……ルフ、様、ニ……捧、ゲ……』



「……!」


 魚男は焼き尽くされる寸前何かを呟いたが、それが何かを聞き取る前に跡形もなく消滅してしまった。

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