第6話 血の饗宴

 教室を出て職員室のある一階を目指す。散乱する死体とむせ返る血の臭いに茉莉香達が顔を青ざめさせる。しかし幸か不幸か、天馬達を認識した骨クモが襲い掛かってくるのでそちらに気を取られて、泣き出したり嘔吐したりは防げたようだ。


 骨クモは壁や天井を伝って後ろにいる茉莉香達にも襲い掛かろうとするが、天馬の持つ鉄棒はリーチが長いので殆どの骨クモを撃墜・・する事に成功した。しかし一体だけ撃ち漏らしがすり抜けて女生徒達に飛び掛かるが、茉莉香の金属バットで頭蓋を粉砕された。


 高い身体能力を持つ茉莉香のポテンシャルはやはり相当な物らしく、早くも骨クモ達の動きを見切り始めているようだ。


 無事に階段を下りて一階に到達した天馬達は敵が大量にいるだろう昇降口は避けて、職員室だけを目指す。この学校の職員室は校長室もドアを隔てて隣接しているので、どちらかの電話が使えれば御の字だ。


 職員室の手前側のドアは閉まっていた。先頭にいる天馬がドアを一気に開くと、ムワッと血の臭い・・・・が鼻についた。



「……! くそったれ……!」


 予想はしていたが職員室も酷い有様だった。校庭に面して窓が並んでいるので仕方がない事だが、全ての窓が割られて骨クモ達が侵入したようだ。荒れ果てた室内には教師たちの死体が散乱し、壁や天井には何体もの骨クモが這っていた。


 天馬達を認識した怪物どもが襲ってくるが、鎧袖一触で蹴散らした。


「電話だ! 生きてる電話を探すんだ! 繋がるようなら家でも警察でも掛けてくれ! 俺は校長室を見てくる!」


「わ、解ったわ! 気を付けて」


 茉莉香達にその場を任せて天馬は、職員室に併設された校長室へ向かう。普段はドアで仕切られているが今はそのドアが破壊されていた。……こちらも生存者は期待できなそうだ。


 校長室を覗くと案の定、頭を潰された校長と思しき死体があった。あと何故か若い女教師の死体もある。校長と何か関係があったのかと余計な邪推をしてしまうが、正直今はどうでもいい。重要なのは電話が使えるかどうかだ。


 校長の机には電話が備え付けられている。基本的には内線で使われる事が多いが外線も使えるはずだ。天馬は受話器を取り上げて耳に当てる。すると……


「……ちっ!」


 舌打ちする。受話器からは何の音もしなかった。電源が切れている証拠だ。こうなると職員室の方も期待できない。とりあえず次の方針を相談する為に茉莉香達の方に戻ろうとした所で……



「いやあぁぁぁぁぁぁっ!! 助けてぇぇぇ!!」



「……っ!」


 女子の悲鳴。茉莉香ではない。級友たちの誰かだ。天馬は急いで職員室に駆け戻った。そして目を瞠った。


 あの全ての元凶の黒コートがいた。そしてその周囲に新たなバラバラ死体が散乱していた。茉莉香の級友の1人だ。茉莉香が後ろに庇っている人数が2人に減っていた。茉莉香は青ざめながらも黒コートに向かって金属バットを構えている。


『……見ツケタ』


「っ!?」


 黒コートが喋った。何か頭の中に直接響いてくるような不可思議な声であった。



『オ前ガ『神化種ディヤウスダナ? シカシマダ目覚メテハ・・・・・ハイナイヨウダナ』



「……!!」


 黒コートが明らかに茉莉香を指し示しながら喋る。『神化種』という単語に茉莉香と天馬の顔が一様に青ざめる。否が応にも昨日の訪問者……アリシアから聞かされた話が脳裏に甦る。そして彼女は去り際に「自分が茉莉香を発見したのだからも必ず彼女を発見し、その芽を事前に摘もうとしてくる可能性が高い」と警告していた。


 これが彼女の警告していた事態だったのだろうか。今までその『敵』の存在すら知らなかったのだから当然だが、まさかこんな事態を引き起こすような恐ろしい存在だとは認識していなかった。


 いや、アリシアは言葉ではそう警告していたが実感など持ちようが無かった。そして今になって強制的にその脅威を実感させられている。


 そして問題はそれだけではない。この黒コートの目的・・が茉莉香の捜索と抹殺だとするなら、この惨劇を引き起こした原因・・は茉莉香という事になる。なってしまう。


「う、うそ……そんな……わ、私……私のせいで……?」


 茉莉香の顔が更に青白くなっていき、虚脱したように足をふらつかせる。彼女の反応はある意味当然だ。しかも自分がアリシアの誘いを受けてこの地を離れていたらこの惨劇は起きなかったのだ。後悔と慚愧が彼女を支配しかける。


 そしてそんな彼女に黒コートは容赦なく手を向ける。



「……! 茉莉香! ……おい、化け物! てめぇの相手はこっちだぁっ!」


 天馬は茉莉香を守るのと、彼女の気持ちを慮った怒りで咆哮し、鉄棒を派手に旋回させて黒コートに突進する。とにかく奴の注意をこちらに向けなければならない。


 天馬は乱雑に荒れた机の1つからいくつかの教科書を片手で拾い上げて、次々と黒コートに投げつける。同時に車輪付きの事務椅子をやはり黒コートに向かって勢いよく蹴り付ける。



 それらは全て黒コートに接触する前に、奴が腕を一振りすると人間と同じようにバラバラに裁断された。だが奴の注意を完全にこちらに引き付ける事はできた。


「おおおおりゃあぁぁぁぁっ!!」


 気合と共に高速で旋回させた鉄棒を黒コートの頭目掛けて薙ぎ払う。旋回の勢いに天馬の技術が上乗せされ、当たれば一撃で人を死に至らしめる凶器と化した鉄棒の先端が叩きつけられる。


『……!』


 その速さは黒コートの予想を上回っていたらしく、奴は半歩後ろに下がって天馬の攻撃を回避した。だが完全には回避しきれず、目深に被っていたフェルト帽が鉄棒の先端に接触する。衝撃で帽子が弾け飛んだ。黒コートのが露わとなった。


「ひっ……!?」


 押し殺したような悲鳴は茉莉香の後ろにいる女生徒達の物。しかし天馬も悲鳴こそ漏らさなかったがその目を驚愕に見開いた。


(魚……!?)


 それは一見、人間大の巨大な『魚』の顔に見えた。だが微妙に違う。敢えて言うなら……魚と人間が融合・・したような奇怪な怪物の顔であったのだ。今までしっかり見ていなかったが、よく見るとコートの袖から露出している手も鉤爪が生えて指の間に水かきのような膜がある怪物の手であった。


 一つ言えるのはこいつは確実に人間ではないという事だ。

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