第4話 非日常へ

 その夜、天馬は夢を見た。彼はどことも知れないような不思議な空間の只中にいた。彼には今自分が夢の中にいるというはっきりとした自覚があった。自分が空中に浮いているような感覚が何とも不思議であった。


 周囲の空間は靄が掛かっていて全く見通せない。だが……


(……! 誰か、俺を呼んでいる……?)


 天馬にはそれが分かった。だがそれが誰なのか、どこから呼んでいるのか、何と言っているのか……。全て判然としない。その事にもどかしさを感じた。


 だがそれでも意識を集中させて声の出所を探ろうとしていると、やがて靄の向こうから何か大きな影が近付いてくるのが解った。そしてその影は靄を割って、完全にその姿を天馬の前に現した。


(アンタは……)


 それはある意味で天馬にとって非常に馴染みが深い存在であった。その存在が口を開いた……



*****



(『神化種ディヤウス』、か……。本当にそんな事があり得るのか? 神が実在してて、しかも世界に危機が迫ってるだって? 昔のSFファンタジー漫画かよ)


 翌日。学校の昼休みに天馬は、椅子に座ってボーっと窓の外を眺めながら、昨日のアリシアとの出来事やその後に茉莉香と竜伯の親子を交えて話した内容を思い返していた。当然というか、それは俄かには信じられないような内容であった。


 茉莉香は夢の中で天照大御神と思われる存在と邂逅したと言うのだ。勿論茉莉香が嘘を言っているとは思いたくないが、正直いきなり信じろと言われても難しい話だ。しかし竜伯もまた茉莉香がその『神化種』であるという事を知っていたらしく、深刻な表情で押し黙っていた。


 だが仮にその話が真実だったとしても、茉莉香はアリシアと共にその戦いとやらに赴く事に相当の迷いがあるようだ。それも当然の話だ。いくら少し前から知っていたとはいえ、いきなりそんな人知を超えた戦いに行くと言われて、はいわかりましたと付いて行く事など出来ないだろう。それまでの生活だってある。


 天馬自身だって茉莉香がいきなりいなくなってしまう、ましてや何やら危険な戦いに赴くなどと言われて素直に納得出来るものではない。おいおい、ちょっと待てよ、というのが正直な所だ。



 当たり前だが一晩で結論の出る話でもなく、とりあえず2人共学校には行く事になった。だがあんな話を聞かされて、茉莉香がいなくなるかもと考えると心穏やかではなく、とても授業どころではなく気もそぞろとなっていた。


 何となくだが茉莉香とはずっと腐れ縁で近い距離にいるものだと根拠も無く思い込んでいた。彼女と離れ離れになるという状況を想定した事がなかった。


 だが現実的に考えてもそんな事はあり得ないのだ。勿論今回のような異常な状況など想定外だが、天馬にとっては茉莉香との関係を改めて見直す切欠となっていた。


 だが社会的にはただの高校生に過ぎない自分達にどんな選択肢があるというのか。先の見えない疑問と未来に天馬が嘆息した時であった。



「ん……何だ?」


 天馬は窓際の席から何げなくグラウンドに視線を向けて、そこに明らかに周囲の風景とマッチしない異質なモノ・・がいる事に気付いた。


 まだ秋にもならない残暑の厳しい季節だというのに、ソレは青みがかった黒い厚手のコートを隙間なく身に纏っていた。しかもそのコートはよく見ると裾がボロボロであった。更に頭には同じ色合いのフェルト帽のような物を目深に被っており、顔は全く分からなかった。


 学校のグラウンドの真ん中にいるには明らかに異質な装いであった。いや学校どころか、この日本中のどこにいても強烈な違和感があるだろう。


 疑いようもない不審者だ。当然ながら昼休みで活発な生徒はグラウンドに出て遊んだり、部活の練習をしたりしている。そういった生徒たちもグラウンドに侵入したその不審者にすぐに気付いた。大半の生徒はその不審者を遠巻きに眺めて友達とひそひそ話していたが、一部の女子生徒などは教師を呼びに校内へ戻ったようだ。この場ではそれが正しい対応だろう。



 だが逆に一部のスポーツをしていた男子生徒達は自信があるのか、それとも自分達の人数が多いから気が大きくなっているのか、5、6人でその不審者を取り囲んで何か詰問し始めた。


(おいおい、何やってんだあいつら。刃物でも持ってたらどうすんだ? いいから教師に任せとけよ)


 それか天馬の方で勝手に警察に通報してしまうべきか。そのままなら大人達に任せておいても良かったが、このままだとあの男子生徒達が危ない気がする。そう思って、中学卒業時に戒連に頼み込んで何とか手に入れたスマホをポケットから取り出そうとした時、状況が動いた。


 黒コートの不審者がその両手をコートのポケットから出した。そして軽く周囲に向かって振った。少なくとも天馬にはそう見えた。だが……続いて起こった事態は彼の想像を超えていた。



 不審者を取り囲んでいた男子生徒たちが裁断・・された。比喩ではない。幾重にも輪切り・・・になって、血と臓物をぶちまけながらグラウンドに散乱・・したのだ。



「あ…………?」


 彼は一瞬何が起こったのか解らず間抜けな声を出してその光景を眺めた。その不審者の周囲、グラウンドが赤黒い色に染まっていく。当たり前だがCGなどではない。現実だ。現実に人が……惨殺されたのだ。


「お、おいおいおい! 何だ、アレ!? マジかぁ!?」

「し、死んでる、つーかバラバラだ! う、嘘だろ!?」

「きゃあぁぁぁぁぁっ!! せ、先生! 先生ぇぇぇっ!!」

「ひ、人殺しだぁぁっ!!」


 その時にはグラウンドの異常に気付いて眺めていた他のクラスメイト達が堰を切ったように一斉に騒ぎ出した。多分グラウンドに面している他の教室も似たような状況だろう。彼等のパニックによって逆に天馬は正気に戻った。


 ハッとしてグラウンドに視線を戻すと、当然ながらグラウンドにいた他の生徒たちは更なるパニックに陥っていて悲鳴を上げながら校内に駆け戻る者、そして校庭を突っ切って学校外に逃げようとする者などが入り乱れた。



 だがそこで更に目を疑うような超常現象が発生した。黒コートの不審者が両手を上空に向かって掲げると、その遥か真上、上空の一点に黒い光に奔流のような物が発生し、それは物凄い速さでドーム状に広がってこの学校の敷地を丸ごと覆ってしまったのだ!


「な……!」


 天馬が驚く暇もあればこそ、敷地外に脱出しようとしていた生徒たちがその黒い半透明の『ドーム』に接触する。しかし『ドーム』は半透明の膜のような見た目でありながら、まるで強固な壁であるかのように生徒たちの通過を阻んでいた。


 しかし不思議な事にその半透明の膜の向こう側、学校と隣接した道路を普通に車が走り過ぎていく。いや、それどころか犬を散歩させている婦人の姿も見えた。そのすぐ横で瀬戸たちが必死に幕の内側を叩きながら何かを叫んでいるが、車も人も誰も止まらないし視線すら向けない。


 信じがたい事だがあの半透明の膜は強固な壁であると同時に、外に対して何の違和感もない偽の風景を映し出す映写機でもあるようだ。


 これは『檻』だ。天馬は本能的にそれを理解した。あの黒コートが獲物・・を逃がさないようにする為の『檻』だ。



 となれば……次に行われるのは狩り・・だ。



 その天馬の予想を裏付けるように黒コートが両手を広げて天を仰ぐような姿勢になる。すると奴の周囲のグラウンドから、まるで水面に浮上するかのように多数の何か・・が出現した。


 それは一見クモのように見えた。だが違う。シルエットはクモに似ているが、全身が尖ったで出来たクモなどいるはずがない。しかも顔に当たる部分には人間の頭蓋骨のような不気味な顔が付いていて、その眼窩の奥には不気味な青い炎が揺らめいている。


 なぜ天馬のいる教室からその骨クモの詳細が解るのか。それは奴等の大きさ・・・が要因だ。骨クモ共は脚まで含めた全長が優に1メートルを越えていそうだ。そんな奇怪で巨大な化け物が何十匹もグラウンドに出現したのだ。しかもまだ後から後から生えて・・・きている。


 黒コートが身振りで骨クモ共に何かを指示する。その指示が何なのか天馬には容易に予想が付いた。それを裏付けるように骨クモ共が一斉に散開し始めて、まだ校外を逃げ惑っていた生徒たちに襲い掛かる。血しぶきと阿鼻叫喚が巻き起こる。


 その光景を見ていた校内の生徒たちも完全にパニックに陥り収拾が付かなくなる。増殖する骨クモ共は窓を破って校内にも次々と侵入してきた。


 そして……地獄が始まった。

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