第3話 神化種


「最初に言ったように目的はお前だ、神代茉莉香。私はお前を……勧誘・・に来たのだ」


「……!? か、勧誘、ですか? 私、キリスト教に入信する気はありませんよ? わざわざ神社の娘なんかを勧誘しないで、街に出て勧誘した方が効率的だと思いますけど」


 茉莉香の言う事は尤もだ。そもそも何故わざわざ神社の娘を勧誘などするのだろうか。日本の神道に対するキリスト教からの侵略だろうか。


「ああ、また言葉が足りなかったな。別に宗教の勧誘ではない。いや、逆にむしろお前にはそのまま・・・・でいてもらわなくてはならん」


「そのまま?」



「うむ。聞くが、お前は特にここ最近になって不思議な夢・・・・・を見るようになってはいまいか? 自分に所縁のある神・・・・・・と対面するような明晰な夢を」



「……っ!!?」


 そう聞かれた茉莉香が、何故か大きく目を見開いて身体を硬直させた。それは明らかにアリシアの言う事に心当たりがあるという反応であった。


「……茉莉香?」


「やはりか。お前はその夢の中でどんな神と対面した? そしてその神から何を言われた?」


 アリシアは確信があったようで重ねて問いかけてくる。



「え、ええと……多分、天照大御神・・・・・だったと思います。そう名乗ってましたし、私も何となく本能?みたいな物でそれが本当に天照様だって直感したんです」



「アマテラスか。確か日本神道の太陽神であったか? 古今東西どの神話でも、太陽を司る神は例外なく最高神かそれに準ずる位の高い神のはず。これは初回から当たり・・・だな」 


「ま、茉莉香? 何言ってるんだ? 夢で天照様に会った?」


 1人で納得するアリシアを他所に、天馬は訳が解らなくて茉莉香の顔を見つめる。彼女の頭がどうかしたのかと疑ったのだ。だが茉莉香は至って真面目な表情で肯定した。 


「ごめん、天馬。この人の言ってる事は本当なのよ。勿論自分自身の正気を疑ったし、こんな事誰にも相談できなくて黙ってたんだけど……。今この人から話を聞いて、あれがやっぱり夢なんかじゃなくて本当の事だったんだって確信したの」


「……!」


 確かにそんな事誰にも言えないだろう。下手に言えば今の天馬のように正気を疑ってしまう。だから茉莉香はそんな異常な夢を見るようになっても、それを表には出さずに1人で抱え込んでいたのだ。



「少年、悪いが今は邪魔しないでくれるか。それでマリカよ、そのアマテラスに何を言われたのだ?」


 アリシアは2人のやり取りを無視して茉莉香に重ねて確認する。


「は、はい。ええと……虚空より飛来した異質な者達が今この時も大地を蝕んでいる。それらはこの世界と相容れず、この星全体の力を吸い尽くしてこの星を滅ぼしてしまうだろうって……」


「な…………」


 天馬は唖然とした。大地を蝕んでいるだの星を滅ぼすだの、スケールが大きすぎてやはり茉莉香の正気をつい疑ってしまう。だがアリシアは納得したように頷いていた。



「ふむ……表現は異なるが、私がガブリエル・・・・・より賜った啓示と内容的に大きな相違はないな。やはりお前は私と同じく、正真正銘の『神化種ディヤウス』であるようだ」



「『神化種』?」


「そうだ。この世界にはかつて神々が実在していた。いや、今も人間がその存在を感じ取れなくなっただけで『神』は存在している。そして神化種とはそうした神々の祝福を受けて、その力の一部・・を生まれながらに宿した人間の事だ。すなわち私やお前のような人間だ」


「か、神の力? 私、そんな物なんて……」


 戸惑う茉莉香だが、アリシアはかぶりを振った。


「例えば生まれながらにして高い身体能力を持っていたり、感覚が非常に鋭かったり、または極めて高い学習能力を持っていたり……。現れ方は人それぞれだが、心当たりはないか?」


「……っ!」


 茉莉香は再び目を瞠る。そう。茉莉香は幼い頃から天馬でも敵わないような高い身体能力を持っていた。だが……


「いや、でもそれだけで神の力っていうのも大袈裟じゃないですか?」


「勿論それだけではない。それらの特性は覚醒・・前の『神化種』が備えている標準的な力に過ぎん。『神化種』として完全に覚醒する事で、その者は自らの内に眠る神の力を行使できるようになるのだ」


「…………」


「お前のその力は無意味な物ではない。夢の中でお前の神から言われたはずだ。その力を以って『侵略者』達からこの星を守れと。私と共に来い、マリカよ。お前の中に眠る『神化種』としての力を覚醒させてやろう。そしてこの星に仇為す邪神共を駆逐する為に共に戦うのだ」


「わ、私は……」


 茉莉香が戸惑ったように天馬の方を見た。何だか分からないがアリシアは茉莉香をどこかへ連れて行こうとしているようだ。茉莉香自身が明らかにそれを望んでいるなら話は別だが、そうでないのなら彼女を連れて行かせる訳には行かない。天馬自身の為にも。



「お姉さん。何だか分からないけど、そんな話今すぐここで決められる訳ないでしょう。彼女も困ってますし、今日の所は一旦お引取り頂けませんか」


 天馬が茉莉香を庇うように間に入ると、茉莉香は少し嬉しそうな表情になる。だが反対にアリシアは眉をしかめた。


「邪魔するなと言っているだろう、少年。君には関係のない話だ」


 先程から天馬の事を歯牙にもかけない態度に、彼の方もカチンと来た。


「おい、さっきから何様だ、アンタ? どう考えてもこの場で非常識なのはアンタの方だろ。アンタこそ顔洗って頭冷やしてから出直してこいよ。それに俺の名前は少年じゃねぇ。小笠原天馬って名前があるんだよ、外人」


 ガラッと態度の変わった天馬の怒りを受けてアリシアも目を細めた。


「ほぅ……威勢が良いな、少年・・。お前が『神化種』でないのは残念だ。邪神共との戦いにおいてはお前のような闘争心が必要となるはずだからな」


「訳分かんねぇ事ゴチャゴチャ言ってんじゃねぇよ。さっさと帰れってんだよ。耳が遠いのか?」


 引き下がる気配がないどころか興味深そうな表情で口の端を吊り上げるアリシアに苛立った天馬が一歩踏み出す。一触即発の空気が流れるが……



「そこまでだ」


 短い、しかし有無を言わせぬ力強い声がその場に割り込む。


「お、お父さん……」


 茉莉香が露骨にホッとしたように息を吐く。それは先程までアリシアと話していた神主の神代竜伯であった。


「ベイツ殿、あなたの話は解ったが、ここは一旦お帰り願えぬか? 私としても娘がいきなり連れて行かれるのを黙って見過ごす訳にもいかん」


 竜伯が少し強い調子でそう断ると、流石にアリシアもこの場は引かざるを得ないと判断したらしく一歩後ろに下がった。


「ふむ……確かにこのまま家族の同意も得ずに事を運んでは、ただの誘拐犯になってしまうな。承知した。今日の所は一旦出直そう。だが危機はすぐ側まで迫ってきているのは事実だ。私がお前を発見できたのだから、奴等・・も事前に脅威の芽を摘もうと考えても不思議はない。余り時間はないと認識して欲しい」


「…………」


 警告を残して神社を立ち去っていくアリシアの背中を、天馬達は三者三様の表情と視線で見送るのであった……

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